研究課題/領域番号 |
21K10425
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研究機関 | 北海道立衛生研究所 |
研究代表者 |
池田 徹也 北海道立衛生研究所, その他部局等, 主幹 (80414316)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | Escherichia albertii / べん毛 / 浸透圧 |
研究実績の概要 |
Escherichia albertii は腸管出血性大腸菌や赤痢菌と近縁の新興感染症原因菌である。E. albertii は出血性大腸炎など重篤な症状を引き起こす可能性が指摘されており、公衆衛生上、重要視されつつある。E. albertii は一部の株で志賀毒素(Stx2aおよびStx2f)の産生が確認されているが、この菌の病原因子については不明な点が多い。これまでに我々は、べん毛が無く非運動性とされてきた E. albertii が、低浸透圧(水環境)下ではべん毛を産生し運動性を示すこと、腸管上皮細胞内へ侵入するようになることを明らかにしてきた。本研究ではE. albertii の細胞侵入機構を解明するとともに、非運動性の腸管出血性大腸菌や運動性がないとされる赤痢菌などにも同じ細胞侵入機構が存在するのか明らかにし、これまで知られていなかったべん毛を介した病原性増強メカニズムの解明を目指す。また、この新しい細胞侵入機構に関連する遺伝子群が、株の由来(患者・家畜・食品・環境など)に影響しているのかを明らかにし、食中毒・感染症対策に役立てることを目指す。 本年は、菌株収集(患者便や野鳥糞便などから分離・収集)を継続的に実施し、収集株のゲノム解析を実施した。べん毛遺伝子群や走化性遺伝子群についてその有無や変異を調べ、さらにはSNVs(一塩基多型)解析を行うことで、分離株同士の関連性についても調査した。運動性の有無と遺伝的な近縁関係には特に関連性は認められず、様々な系統のE. albertiiで運動性・非運動性株が見つかった。また、非運動性株では様々なべん毛関連遺伝子で様々な変異が見つかった。これらの情報を元に、運動性株のべん毛遺伝子組換えを行い、運動性および細胞侵入能の消失やトランスポゾンを用いたランダムな遺伝子改変による細胞侵入の促進・抑制遺伝子の特定を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
病院からヒト由来株を収集したほか、野生動物保護団体とも連携し、野鳥株も入手した。今までに入手したE. albertii のうち16株(運動性株10株および非運動性株6株;ヒト、ハシボソガラス、ハシブトガラス、カササギ、オオセグロカモメ、スズメ由来)についてMiSeqでWGSを行い、べん毛関連遺伝子41種類について変異・欠失などを調べ、走化性に関する遺伝子についても同様に調べた。その結果、すべての株で、走化性に関する遺伝子群の欠失が確認された。また、非運動性の6 株のうち5株については、41種類のべん毛関連遺伝子のうちそれぞれ2~14種類の遺伝子で変異・欠失が認められた。ただし、すべての株に共通する変異等は見つからなかった。非運動性の1株については、41種類のべん毛遺伝子をすべて保有していた。更に WGSで得られたFASTQファイルを元にSNVs解析を行ったが、いずれの株もSNP数は100以上もあり、株間の近縁性は認められなかった。この16株に加えて、NCBIのデータベースに登録されていて、運動性に関するデータがある菌株について、SNVs解析を行ったところ、4つのクラスターに分けられた。いずれのクラスターにも野鳥株とヒト株が混在し、運動性株と非運動性株が混在しており、特定の系統にだけ非運動性株が見られるわけではないことが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
41種類あるべん毛遺伝子のすべてで変異が認められず、高運動性(顕微鏡での生菌観察で、ほとんどの株が泳いでいる)で、細胞侵入が認められているHIPH14005株に対して遺伝子組換えを行うことにする。 現在のところ、どのべん毛関連遺伝子の変異が細胞侵入を妨げているのか分かっていない。そこで、非運動性株で見られるべん毛遺伝子の変異を、HIPH14005株に対し、λRedを用いた相同組換えにより作製する。これらの変異株を低浸透圧でべん毛誘導処理した後、ヒト腸管上皮細胞株Caco-2と共培養して細胞接着、細胞侵入、細胞内増殖について調べ、どのべん毛構成蛋白質が細胞侵入に必要か明らかにする。また、作製した変異株の運動性を調べて細胞侵入能と照らし合わせ、べん毛を動かすことが侵入に影響しているか調べる。 また、低浸透圧ストレスによってべん毛関連遺伝子以外にどのような遺伝子の発現量が上昇するのか明らかにするためRNA-seqによるトランスクリプトーム解析をおこなう。低浸透圧ストレス下でどのよう転写制御系や情報伝達系が働いているのか調べる。更にE. albertii が通常の培養条件下では細胞侵入しない特徴を利用し、EZ-Tn5トランスポゾンを用いた遺伝子改変により、通常の培養条件でも細胞侵入するようになった菌体を回収し、次世代シークエンサーを用いて改変された遺伝子を特定する。これにより、細胞侵入に対し促進的・抑制的に働く遺伝子の両方を網羅的に抽出する。これらの調整遺伝子について保有株ごとに保有状況の確認を行い、菌株の由来との関連性についても明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度にEZ-Tn5トランスポゾンを用いた遺伝子改変による遺伝子組換えを実施する予定でいたが、機器(エレクトロポレーター)の整備が年度末になったため、遺伝子組換え実験の実施を延期し、未使用額が生じた。 未使用額はEZ-Tn5トランスポゾンを用いた遺伝子組換え実験の経費に充てることとしたい。
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