研究課題/領域番号 |
21K11386
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
久保 純 東北大学, 加齢医学研究所, 助教 (50638830)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 筋萎縮 / サルコペニア / Foxo1/3/4遺伝子 / 運動 / 電気刺激 / 加齢 |
研究実績の概要 |
本研究では運動応答遺伝子に注目して研究を行っている。この運動応答遺伝子はFoxo1/3/4転写因子群の抑制を通じて、筋萎縮に対して保護的に働いていると考えている。本年度はこの運動応答遺伝子の機能を詳細に解析し確認するとともに、運動を培養皿上で効率的に解析するために、培養筋に電気刺激を加えられる実験系のセットアップを行った。 C2C12細胞を分化誘導し形成させた筋管に対してノックダウン、過剰発現を行い、Foxo1/3/4の転写活性、筋萎縮原因遺伝子群(Atrogenes)の発現などを確認した。この運動応答遺伝子がAtrogin1やMuRF1の発現を抑制していることが確認できた。またこの運動応答遺伝子を欠損するノックアウトマウスの後肢筋肉(腓腹筋、ヒラメ筋、長趾伸筋)を対象として解析を行った。ノックアウトマウスにおいて、これらの筋肉の重量はコントロール群よりも軽いことが分かった。平常時においては、Atrogin1やMuRF1の発現量に違いはなかったものの、Eif4ebp1の発現量が増加しており、ノックアウトマウスにおいて筋タンパク質の合成が抑制されていることが示唆された。さらに筋萎縮を誘導するために、マウスを絶食させ、後肢筋肉の遺伝子発現を調べたところ、ノックアウトマウスでは野生型に比べ、Atrogin1やMuRF1の発現がより強く上昇した。 加えて、運動を効率的に解析するために、培養皿上で運動を模倣できる実験系を構築した。従来の培養筋管への電気刺激実験とは異なり、サルコメア構造を持つ成熟した筋繊維を用いることができれば、より生体の筋肉に近い条件で解析を実施できる。そこで培養条件の調整を行い、自律的にサルコメア構造を持つ筋に分化する手法を確立した。次に、生体の筋肉の活動を再現できるような高性能な電気刺激を独自に開発した。この電気刺激装置は特許出願を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年の一連の実験により、解析対象としている運動応答遺伝子がFoxo1/3/4を抑制し、筋萎縮に対して保護的に働いていることは確定的となった。本研究の最終的な目標は、この運動応答遺伝子の活性を調節することで、ヒトの筋萎縮を予防することであるが、そのための基盤は整ったといえる。加えて、より生体に近い条件で、in vitroでの運動模倣実験を可能とするために、筋芽細胞からサルコメア構造をもつ成熟した筋繊維を作製する手法を確立し、生体の筋肉を模倣できる電気刺激装置も開発した(電気刺激装置については特許出願を行った)。この実験系を用いることでヒト由来の筋繊維を対象とした場合でも効率的に解析を実施できる目途がたった。またヒトの筋芽細胞は採取した個体間のばらつき(人種、性別、年齢、健康状態)や由来する筋肉の違いから、ロット間差が大きい。また初代培養のため継代できる回数にも限りがある。ヒトの筋芽細胞を不死化し、株化することができれば、これらの問題を解決することが可能である。TERT, CDK4(R24C), CCND1を発現するレンチウイルスベクターを作製し、不死化を行っている。 この運動応答遺伝子のノックアウトマウスの解析についても、まず絶食により筋萎縮を誘導する実験系を採用し、解析を行ったところ、ノックアウトマウスでは、筋委縮原因遺伝子群(Atrogenes)の多くの遺伝子がより強く誘導されていた。少なくともマウスにおいては、この運動応答遺伝子が生体において筋萎縮に対し保護的に働いていることが確認できた。 また運動応答遺伝子の活性を調整できる薬剤のスクリーニングについても、どのような指標でスクリーニングを行うのが最適であるのかを検討した。次年度以降で、薬剤のスクリーニングの実施にむけてレポーター細胞の準備を進めていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに確立したin vitroでの成熟筋繊維の作製手法、独自に開発した電気刺激装置を用いることで、ヒトの培養筋においても運動応答遺伝子と筋萎縮との関係を調べることが可能となった。またロット間差が大きいヒトの筋芽細胞についても、不死化し株化を行うことで、再現性の高い実験を行うことができる見込みである。これらの技術を用いて、ヒト筋芽細胞由来の筋繊維において、運動応答遺伝子とFoxo1/3/4、筋萎縮との関係を確認していく。 また現在、この運動応答遺伝子のノックアウトマウスに対し、筋萎縮を誘導する方法としては絶食を用いているが、ギブス固定、尾懸垂、除神経などの他の方法を用いて、筋委縮原因遺伝子群(Atrogenes)の発現がより強く誘導されるかどうかについても確認する予定である。一方で、東北大学 加齢医学研究所が提供する老齢・若齢マウスの筋肉を用いた解析から、この運動応答遺伝子が一次性サルコペニアにも関わる可能性を見出している。一次性サルコペニアを発症する26カ月齢以降のマウスを用い、一次性サルコペニアとの関係を詳細に調べていく予定である。可能であれば、アデノ随伴ウイルスを用いて老齢マウスの筋肉でこの運動応答遺伝子を活性化することで、加齢に伴うサルコペニアの発症を予防できるかどうかも検討したい。 薬剤スクリーニングについては、スクリーニングの指標がほぼ固まったことから、レポーター細胞株の作製を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品費については使用する試薬等を可能な限り手作りしたり、他の研究費で購入し、余った分を再利用したりしたため、本年度は大きく節約をすることができた。また購入を予定していた解析用PC等の機器類については、他の民間助成金を活用して購入することができたため、購入を見送った。また実験動物についても、東北大学加齢医学研究所が提供する老齢・若齢マウスを利用することができたため、節約となった。また、その他の執行率が当初計画していた額の50%程度にとどまっているが、これは東北大学の若手研究者支援制度を利用することで、共通機器の使用料金が50%程度減免される制度が利用できたためである。旅費についてはコロナで研究打合せ等をオンラインで実施したため、使用する機会がなかった。 今年度節約できた分を利用して、来年度は遺伝子発現解析や薬剤スクリーニング等の実施のスケールを拡大して取り組みたいと考えている。
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