研究課題/領域番号 |
21K11442
|
研究機関 | 群馬大学 |
研究代表者 |
熊倉 みなみ 群馬大学, 医学部附属病院, 医員 (20827571)
|
研究分担者 |
荻野 祐一 群馬大学, 医学部附属病院, 講師 (20420094)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | スポーツ化学 / アスリート / 脳科学 / 運動学習 / 減量 / トレーニング / 身体能力 / 運動ループ(皮質線条体回路) |
研究実績の概要 |
脳は本質的に可塑性(かそせい:外力により形や機能が変化する性質)を持っているので、環境と経験、学習により、脳の構造(形態)と機能は、双方が互いに影響を及ぼしながら変化する。そうした微細な脳の構造と機能の変化を、磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging: MRI)撮影によって捉えることが可能になってきている。近年トップアスリートの脳科学に注目が集まっているのは、選手が生命と名誉を賭けて試合に臨み、極限とも言える心理・生理状態に自らを追い込み、超人的なパフォーマンスを見せる。そのような超人的なアスリートの身体能力と心理状況の神経基盤を明らかにした。プロボクサー21人を試合1ヵ月前・試合直前・試合1ヶ月後と長期にわたり脳MRI画像撮影による追跡調査をした事によって、これまで明らかでなかった試合前後のプロボクシング選手における脳の変化を捉えることが出来た。脳において運動の学習と習熟を担う運動回路(運動ループ)のうち、線条体被殻(Putamen)から第一運動野(M1)との間の構造的な繋がりが、プロボクサーの試合1ヵ月前から直前にかけて有意に強化されていることを発見した。このことはアスリートの試合中における「ゾーン」と呼ばれる特殊な心理状態の神経基盤となっていることを明らかにした。ソーンとは高い集中力、リラックスした状態、時間感覚の変化、高い適応力の4つを特徴に持つ心理状態を呼び、一般人である我々において、アスリートのゾーンに相当する心理状態をフローと呼ぶ。このゾーン状態に、我々の発見した運動ループ強化が関わっていること、試合中の自動運動(随意運動と反対に、前頭葉を介さずに運動ループ内で完結する運動指令)を支えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前研究 (Ogino et al. Scientific Reports. 2021)から引き継いだ研究組織を維持しながら、一流のアスリートの脳画像を獲得し、世界チャンピオンとの勉強会も開催している。我々の研究チームにはトップアスリートらと共に研究を遂行してきた経験と、継続的にプロボクシング選手へのリクルートメントを依頼できる信頼関係があり、これまでの研究経験を通じて、運動能力の客観的な量的指標が、我々のスポーツ科学と脳科学の融合研究として決定的に足りなかったという制限(または、将来への展望 [future application])から、スポーツに対する脳科学研究(脳可塑性・脳適応性の研究)は、試合前の戦略に関して、どのようなコンディション作りがどのような変化をもたらすか、試合相手のコンディションはどうであったか、試合結果にどのような影響を及ぼすか、双方を調べたものはなかったが、独自に解析を進め、実際のプロボクサーを含む格闘系アスリートが多く行っている「水抜き」減量方法の安全性を検討した。その結果、試合前に最大で1日間で1から5kgの体重を落とすのは経験のあるアスリートが、適切な客観的なコーチングの元で実施する分には、想定しているよりも安全に実施できている根拠を見出すことが出来た。そういった発見から、効率的で戦略的なトレーニングへの科学的知見(どういう条件がどのような結果に繋がるか)を探索し、新たな理論と戦略(どういった食事や体重管理が、精神・身体維持・向上・試合結果に最適か)を確立する。
|
今後の研究の推進方策 |
今後、本研究は文献化を目指し、執筆中であり、公表するためになお推進してゆく。トップアスリートの脳構造変化、機能的連絡性(functional connectivity)解剖学的連絡性 (structural connectivity)を調査することにより、減量・事故を含めたスポーツ安全に関してCTE: Chronic traumatic encephalopathy(脳震盪に起因する慢性外傷性脳症)がトピックとなったが、プロボクシングでも「ボクサー認知症」として有名である。選手は試合ごとに微少な軸索損傷を蓄積している可能性があり、プロボクシングにとどまらず、最近では若年期の脳損傷は長期に及ぶ悪影響を与えるので、プロボクサーの試合前トレーニング戦略の最適化、安全性向上に、脳科学的見地からエビデンスを加えることを推進する。さらに、選手のコンディション作りは、各選手の個別のやり方があるうえ、勝負事には予期せぬ結果が伴う。従って、戦略の優位性を絶対的確証として示す事は難しいとしつつも、本研究を推進することにより、これまでの科学的文献とは異なるアプローチによる、異なる「見解」を示す事が近く可能になると見込んでいる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナウィルスのパンデミックは終息の方向に向かってはいるが、まだまだ施設内や関連施設でもクラスターなどが発生し、通常の診療と研究活動に影響が及び、本研究対象アスリートと健康被験者も例外ではなく、脳機能画像撮影についても困難な状況であったため、症例集積の度合いは減少したため。今年度は症例数を増やしていく。
|