研究目標の第一は,歌唱者や聴取者が満足できるリモート合唱システムを構築することである.この目標を達成するため,歌唱者の発声タイミングのズレを解析し,リモート合唱においては発声のタイミングずれは2種類の要因に切り分けられることを明らかにした.第一の要因はシステム由来のずれであり,リモート合唱特有のずれである.このずれに対して,マーク信号と呼ぶ独自の信号を歌唱に重ねて録音することで解決する手法を確立した,第二の要因は歌唱者由来のずれであり,舞台上の歌唱においても生じるものである.このずれを定量的に解析し,混合ガウス分布で記述できることを明らかにし舞台上の合唱の限界を明らかにした. 研究目標の第二は,舞台上で歌われる従来の合唱を超える合唱を実現することである.良い合唱とは,各歌唱者の歌声が聴取者に分離して聴こえないものであるとの考えのもと,令和5年度は歌唱者間の歌声の調和をはかって舞台上の合唱を超えることを目指した.具体的には,歌唱者ごとの信号を時間周波数平面上に展開し独自の信号処理手法を駆使して,調和感を上げることを試みた,まず,時間周波数平面上の各点において歌唱者の成分強度を全歌唱者の総和の成分強度に近づける方法を確立した.次に,高調波成分の周波数を個々に修正する方法や成分を間引く方法についてもその処理方法を確立し,舞台上の歌唱では達成不可能な合唱作品の合成が時間周波数平面上での信号処理で実現できることを示した. これら2つの研究目標と並ぶ達成目標は,研究で用いる歌唱データを研究者に公開し、他の研究者が効率的に研究を実施できる環境を整えることである.この目標を達成するために,「セパレート音源型音楽データベース(SIS-DB)」をリリースした.このデータベースには62の独立した歌唱音源が収録されており,合唱に関する信号処理に取り組みたい研究者は誰でも自由に無償で利用可能である.
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