本研究では、雑音下での音声知覚のメカニズムの一端を明らかにするために、時間-スペクトル的に分布した音韻手がかりの統合過程について検討する。音響情報の組み合わせを[1]音一般に働く法則と[2]音声独自の手がかり、および[3]それらの組み合わせ、の3段階で操作する。[1]については音一般に働く法則としてBregman (1990)が提唱した発見的規則のなかから、調波性、立ち上がりの時間的同期、周波数変動の同期を音声信号処理によって操作する。[2]については音声独自の手がかりとして、調音結合に着目する。 [3]さらに[1]と[2]の組み合わせによって検証し、音一般に働く法則と音声独自の手がかりの相互作用が音韻修復に及ぼす影響について検討する。年次計画としては、2021年度では[1]について、2022年度には[2]について、最終年度では[3]について行なうこととした。 2023年度では、[2]の音声独自の手がかりについての検討を中心に行なった。特に、どういった音響特徴をもつ音韻が聴覚的に補完されやすいのか、検討を進めた。その結果、音韻の手がかりが含まれる周波数帯域によって聴覚的補完の程度が異なり、高い、もしくは広範囲の周波数帯域に音響特徴がある音韻では補完がされやすいことが明らかになった。一方で、低周波数帯域に音響特徴がある音韻では、雑音によって知覚的に補完されにくいことが明らかになった。この結果は、消失してない残余の音声部分にも音響特徴がふくまれているものの、消失部分を挟む形で残余部分に音響特徴が含まれていないと聴覚的に補完することが難しいことを示す。また、従来は音韻知覚に大きく影響しないと考えられてきた高い周波数帯域の情報であっても、雑音下の場合には聴覚的補完の手がかりになりうることを示唆する。これらの研究結果をもとに国際学会に発表し、投稿論文としてまとめた。
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