研究課題/領域番号 |
21K11977
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
金子 寛彦 東京工業大学, 工学院, 教授 (60323804)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 瞳孔 / 潜在的注意 / インターフェース / 空間周波数 / オブジェクトベース注意 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,ヒトが注意を向けた対象の刺激特性と瞳孔応答の関係を定量的に明らかにし,その関係に基づいて注意を向けた対象を同定する手法を確立することである.そしてその手法を用いて,視線を向けなくとも,注意のみを向けることで意図した情報を入力するインターフェースシステムを構築することを目指す. 令和5年度においては,前年度から引き続き画像の空間周波数成分と注意対象の関係を明らかにする実験を進めた.異なる2種類の対象画像をフィルターで画像処理して高空周波数成分と低空間周波数成分を持つ画像をそれぞれ作成し,それらを重ね合わせたハイブリッド画像を観察者に提示した.そして,観察者は重なった二つの画像のいずれかに注意を向け,その間,瞳孔径が計測された. 前年までの結果より,注意を向けた対象画像の空間周波数成分と瞳孔応答の関係に基づいて注意を向けた対象を同定することが可能であることが明らかになっていたが,その精度は70-80%程度であった.そこで令和5年度の実験においては,画像に運動成分を加えることにより,注意が向きやすくなるようにした.運動する対象に注意を向けることは静止対象に注意を向けることより容易なため,観察者が特定の対象に注意を向け易くなり瞳孔反応も増大することが予測され,それにより注意対象の推定が容易になることが期待された.その結果,画像の周波数成分と運動成分の間に相互作用がみられ,それらの組み合わせをうまく選択することにより,80%以上の精度で注意対象を同定することが可能となることが示された.また,この注意の対象の同定手法を用いて情報入力インターフェースを構築する際に,実際にどのような画像の組み合わせを用いるのが適切か検討を進めた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究は概ね順調に進んでいる. これまでの検討により,本研究の提案手法により,瞳孔と刺激の対応により80%程度の情報入力精度を実現できた.しかし,ストレスのない情報入力システムの構築のためには,通常の入力手法であるマウスやキーボードと同様の精度,入力時間を実現する必要がある.そのためには,情報入力精度を90%以上,かつ入力時間を3秒以内程度まで減少させたいと考えており,今後はそのゴールまで到達したい.令和5年度の実験により,運動成分を加えること精度向上が見られたため,さらに特性の刺激を検討して,精度向上と時間短縮が可能な刺激を見出したいと考えている. また,瞳孔反応に加えて眼球変位の利用も検討している.注意向上のために導入した運動刺激に伴って動く上下左右の眼球変位を瞳孔変動と合わせて利用することにより,注意対象の推定精度を飛躍的に向上させたいと考えている.眼球位置を用いて視対象を同定する既存の方法に対して,上下左右の4方向の変位を検出する手法であれば,眼球位置の校正をする必要はなく,使用における負荷も小さい.このアイディアを用いたアルゴリズムの開発ための実験も開始した.その結果,精度向上の可能性が期待できる結果が得られている. このシステムの使用者として想定しているのは,筋力の低下により手や音声などによる通常のコミュニケーションができなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの患者である.そのため,そのような人々を対象とした実験を当初から予定していたが,近年の社会事情などにより実行できておらず,その点がやや遅れている部分である.今回,研究期間の延長が認められたので,今後は,想定する使用者を対象とした実験を行い,検討を進めていきたいと考えている.
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今後の研究の推進方策 |
今後は,瞳孔変動データに基づいた注意対象の推定精度の向上を目指すとともに,システムの実際の使用者を対象とした実験を進める予定である. 前者については,まず,これまでの研究をさらに進めて,瞳孔変動データにおけるより効果的な指標を抽出することを検討する.令和5年度では,視対象に動き成分を加える手法を検討し,それが効果的であることが示された.また,瞳孔変動に加えて眼球変位の情報を組み合わせた手法の検討を進める.眼球変位情報を用いることで,推定精度の向上と時間の短縮が可能となることが,これまでの検討により示されたが,今後はさらにその手法の検討を進め,より良い方策を見出したい. 上記の手法の精緻化とともに,実際の場面で使用可能なインターフェースの検討,そして構築したシステムの実際の場面での評価を行う.使用者が見る画面中の選択肢としてどのような対象が適切で,その選択肢から注意を向けることによって情報入力をする際に,どのような手順を用いるべきか,といった検討を行う.そして,その検討に基づいて構築したシステムを,使用者として想定している,音声や手などによる通常のコミュニケーションが不自由な場外になる筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの人々に実際に実験参加者となっていただいてデータを収集し,システムの評価を行う.その評価実験の中で,提示画像の選択肢,観察時間や姿勢の制約など,システムに関するフィードバックが得られることも期待される.
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次年度使用額が生じた理由 |
最令和5年度の研究費に残額が生じ,令和6年度に繰越を行う理由は以下の3点である.第1は,主に近年の社会情勢により,本提案システムの使用者として想定している筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの患者による実験を実施できず,そのための実験補助者謝金,実験協力者謝金の使用が予定通りにできなかったためである.今回,研究期間の延長が認められたため,想定する使用者を対象とした実験を行い,検討を進めていきたいと考えている.第2は,令和5年度の後半に,今回の知見を発表するのに適した学会が見つからず,学会参加費,出張費の執行ができなかったためである.今後は,令和6年度の前半(5月国内学会,7月に国際学会)の学会で研究発表を予定しており,予稿を既に提出済みである.このための学会参加費,出張費を繰り越した研究費より支出する予定である.第3は,学術論文の執筆,審査に想定したより余計に時間がかかったため,令和5年度末の時点で論文の掲載が決定しておらず,論文掲載にかかる費用を支出できなかったためである.現在,論文投稿中であり,令和6年度中には論文掲載の決定を見込んでおり,そのための費用を支出する予定である.
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