海洋表層の基礎生産力を規定する主要な因子である窒素化合物などで代表される栄養塩の大気から海洋への物質供給は,特に貧栄養海域では重要な供給過程であることが示唆されている。2023年度は2023年6月~7月に行われた研究船「みらい」の航海(清水-パラオ)に参加し、大陸からの大気物質の移流影響が低い夏季の西部北太平洋亜熱帯・熱帯海域において現場海水を利用した培養実験を実施した。湿性沈着によって短期間に高濃度の大気物質が供給されることを想定し、窒素化合物以外の物質にも着目して観測実験を行い、基礎生産力に及ぼす影響評価とこれまでの観測結果のとりまとめを行った。 西部北太平洋亜熱帯・熱帯海域で採取した表面海水を用いて、窒素化合物に加えてリンや銅などの濃度をさまざま変化させた標準物質を添加してクロロフィル濃度や基礎生産力の指標となる最大光合成速度を実測し、添加物質の効果や数時間~数十時間後の時間的な変動について考察した。窒素化合物に加えてリンを添加した海水で1日後にクロロフィル、最大光合成速度の増加が認められ、夏季はリンの沈着影響が大きいことも確認された。一方で、銅の添加実験では2022年度の観測実験で見出されたような顕著な阻害は確認できなかった。銅の沈着影響の有無は雨水中の銅濃度だけでなく、水塊環境や植物プランクトン群集組成などの要因にも左右されると示唆され、更なる検証実験が必要なことを示した。 本研究により、湿性沈着による大気から海洋への物質供給が海洋表層の基礎生産力に及ぼす影響について、雨水に含まれる栄養塩成分によって効果の大きさが異なること、条件次第では基礎生産力の低下など負の影響も生じることなどが見出された。
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