本研究は、高エネルギー加速器研究機構放射光科学研究施設にある放射光X線マイクロビーム照射装置を用いて、X線のような低LET(Linear Energy Transfer)放射線のエネルギーが細胞質に付与されたときに誘導される細胞応答のうち、(1)それに引き続く細胞核への放射線損傷の影響を低減する放射線適応応答、(2)細胞質照射によって誘導される細胞応答とバイスタンダー効果の関係性、を明らかにすることを目的として計画した。実験は、コンピューター制御照射システムで認識した細胞の細胞質のみに予めX線を0.092Gy照射し、3時間炭酸ガスインキュベーター内に保持した後細胞核のみにX線を0.092Gy照射した場合の細胞生存率を細胞核単独照射の場合と比較して放射線適応応答を評価した。得られた結果は、予めすべての細胞の細胞質にX線を照射した細胞集団の細胞生存率は98%となり、細胞質照射がない場合の生存率(79%)と比べて有意に高くなることが判った。すなわち細胞質照射によって放射線適応応答が誘導されることを明らかにした。さらに細胞集団中ランダムに選択した10%の細胞の細胞質に予めX線を照射した場合の生存率は95%となり、同様の効果が観察されることを確認した。“全体の10%の細胞の細胞質に予め照射した時の放射線適応応答誘導は、X線照射細胞と非照射細胞間に跨がるバイスタンダー効果が関与する”とする仮説を立てて、ギャップジャンクションを介した細胞間情報伝達機構に由来した細胞応答に焦点を絞り、ギャップジャンクション阻害剤を併用した実験を実施した結果、95%の生存率が73%まで減少した。すなわち細胞質に予め照射していない対照群のレベルまで生存率が復帰したことから、ギャップジャンクションを介した細胞間情報伝達機構によるバイスタンダー効果によって放射線適応応答が誘導されたと結論した。
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