海洋生態系において高次捕食者である海鳥は、食物連鎖を通じて消化管内に環境中の抗菌薬耐性菌を濃縮し、渡りを通じて広範囲に拡散させる「耐性菌の輸送者」となる可能性がある。本研究では、北海道の繁殖地における海鳥(オオセグロカモメおよびウミネコ)の腸内、被食者となる栄養段階の異なる生物、ならびに海水の耐性菌・遺伝子を網羅的に調べ、耐性菌の食物連鎖を介した濃縮メカニズムを検証することを目的とした。腸内細菌群集は16S rRNA遺伝子のV4領域、餌は真核生物のCOI遺伝子を網羅的に超並列DNAシーケンサーで解析した。臨床上重要なコリスチン耐性の遺伝子はリアルタイムPCR法、耐性菌数は大腸菌の選択培養法で調べた結果、以下の知見が得られた。 1)動物プランクトン、海洋生物(二枚貝)、海水:ろ過による濃縮ならびに大腸菌の選択培地で増菌培養を試みたが、コリスチン耐性大腸菌およびコリスチン耐性遺伝子mcr-1は検出限界未満であった。 2)ウミネコ:2018年~2022年の期間、腸内細菌群集としてCatellicoccus属、Escherichia属が安定して存在した。餌は2018~2019年は種類が多く、2020年以降は偏りがあった。mcr-1陽性率は5~40%の割合で存在した。mcr-1陽性率と、クダマキガイ、ゲンゴロウでは正の相関がみられた。 3)オオセグロカモメ:2018年~2022年の期間、腸内細菌群集としてPsychrobacter属、Escherichia属、Catellicoccus属が安定して存在した。餌は期間変動が大きかったが、ウトウやカモメなどの鳥を安定して食した。mcr-1陽性率は平均約35%の割合で存在した。mcr-1陽性率と、ゴミム・ウトウ・カイアシは正の相関がみられた。 以上のように特定の餌が因子となり、コリスチン耐性遺伝子は周辺環境からカモメ腸内に顕著に濃縮されることがわかった。カモメは採餌行動を通じて日常的に数十kmを移動し、渡り期には千kmを移動することから、コリスチン耐性遺伝子が拡散していると推測される。
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