化学繊維の代替繊維として、タンパク質性繊維は軽量性、機械的物性、生分解性を併せ持つため、次世代繊維として有望である。タンパク質性繊維の中でも、シルクは古くから繊維の女王として存在してきた。人工的にシルクを大量に作成する手法は未だに確立されておらず、現状ではカイコに生産させる方法が最も効率的であり、コスト面でも優れる。現在でもシルクは高級繊維の代表であり、化学繊維と比較しても非常に高価であり、リサイクルするための手法は重要である。溶液紡糸を利用した再生絹糸の作製は、シルクを一旦溶液化して、凝固浴中で固化した後、糸を延伸することで結晶化と配向化を達成させることが出来る。これまでに再生絹糸の作製が報告されているものの、天然絹糸の力学物性よりも大きく劣ることが問題であった。天然絹糸と比べて、再生絹糸の力学物性が低下する原因として、糊成分であるセリシンを除くためのアルカリ精練の段階でシルクフィブロインの分子量が低下し、さらにシルクフィブロイン中に含まれる低分子量成分であるL鎖とP25が構造欠陥部位を形成しやすいことが挙げられる。そこで、本研究では、再生絹糸を高強度化させるための戦略として、カイコシルクをアルカリでなく、熱湯中で精練することでセリシンを除き、ギ酸と還元剤と遠心分離を組み合わせて、H鎖を選択的に抽出し、溶液紡糸法にてH鎖のみから構成される再生絹糸を作成することを検討した。得られた再生絹糸は、天然絹糸と同等の強度を有し、初期の変形に要する応力に相当するヤング率については約1.8倍、糸を破断するためのエネルギーに相当するタフネスについては約1.2倍向上した繊維を得ることが出来た。本研究ではさらに、野蚕由来の再生絹糸の作製についても取り組んだ。本研究で得られた知見は、タンパク質性の繊維作成の知見として役立つと期待される。
|