北海道の希少猛禽類の歴史的な餌変遷を明らかにするため、これまで1880年代から1900年代前半と1990年代以降の博物館標本と冷凍死体を対象に安定同位体比分析を行った。最終年度は、開発により生息環境が大きく変化した1970年代前後の博物館標本の分析を行った。この時代の標本は、個体数の減少や保護活動が行われたことにより非常に少ないため、展示標本や寄贈剥製を対象に調査を行なった。対象標本の採集年代の特定にはラベルに記載された年代もしくは博物館の収蔵記録をもとに年代を推定し、一部は放射性炭素年代測定を行った。推定される餌生物として、これまで沿岸部の漁業で投棄される魚や内陸部の狩猟によるエゾシカ残滓などの分析を行ったが、これらに加えて内陸部湖沼の魚類及び哺乳類のサンプルも収集し分析した。 これらの分析結果から、オジロワシは、1960年代まで栄養段階の高いサケなどの魚類を餌として利用していたが、1970年代以降、特に1990年代後半から個体間の安定同位体比のばらつきが大きくなり、利用する餌種及び起源が多様化したことが明らかとなった。特に、栄養段階の低い餌を利用している個体が増加したことからエゾシカなどを主に餌として利用する個体が出現したためと示唆された。これはエゾシカ猟の残滓が顕著になり始めた時期と一致した。また、繁殖地域が1990年代以降、これまでの沿岸部から内陸部に拡大していることとも一致していた。北海道で越冬するオオワシについても同様に、1990年代以降、餌環境の変化によってさまざまな餌種を利用していることが示唆された。 過去120年に渡り収集された博物館標本を用いた本研究は、長期的な餌生物の変遷を特定するだけではなく、身の回りの環境や生物多様性の変化、人間活動が生態におよぼした歴史的なインパクトなどを定量的に評価することへの発展が見込まれ、保全生態学的研究への貢献が期待される。
|