研究課題/領域番号 |
21K12488
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研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
古屋 秀樹 東洋大学, 国際観光学部, 教授 (80252013)
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研究分担者 |
岡本 直久 筑波大学, システム情報系, 教授 (70242295)
野瀬 元子 大東文化大学, 文学部, 准教授 (60611845)
崔 瑛 神奈川大学, 国際日本学部, 准教授 (60635770)
栗原 剛 東洋大学, 国際観光学部, 教授 (80610344)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | オーバーツーリズム / 持続可能な観光地づくり / 戦略的観光地マネジメント / シリアスゲーム / ロジックモデル / SDモデル |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、1)持続可能な観光地形成に向けた複雑系モデルの開発、2)前述の複雑系モデルを用いた合意形成ツールの開発、以上の2つである。本年度は、前者に着目してシステム開発を検討した。まず,「持続可能な観光」の実現を問題意識として、はじめに「持続可能な観光地づくりのため、いくつかの政策代替案の効果をシミュレーションで推定しながら、それに基づいた意思決定、地域経営を行う方法」を戦略的観光地マネジメント(SDM)と定め、SDMの概念を示した。 そして、観光による地域振興にかかわる関係主体は、交通・観光・宿泊事業者をはじめ、住民、DMO・行政、環境団体など多岐にわたること、公共財である地域空間を対象としているため、受益と負担を考慮した適切な利害調整が必要と考えられることから、関係者間の合意形成の重要性を指摘した。その際、持続可能性に関連する要因、指標にもとづく主体別のメリット・デメリットを考慮した合意形成に必要な視点として、下記2つを設定した。 1)持続可能な観光地形成と関わりのある視点(社会、経済、マネジメントなど)・要因相互の関連性を定量的に明示すること、 2) 1)にあたっては、様々なシナリオごとに変数を適切に設定すると、将来の各要因・指標を推定でき、その解釈を通じてステークホルダーの合意形成を支援することができること。 これらを満たすことができ、多様な要因間の因果構造を定量的に反映できるSDモデルの有用性を示した。さらに鎌倉市を分析対象地域と設定して、SDモデルの構築を行ったのが本年度の研究実績である。変数として、政策・事業に関連するa要因、観光の実態を示すb要因(客数、消費額)とその影響であるc要因(満足度等)、ならびに経済に関連するd要因(税収、雇用者数)を設定し、回帰モデルによって要因間の因果関係を同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的の1番目に相当する「1)持続可能な観光地形成に向けた複雑系モデルの開発」について2021年度の成果を論文としてまとめることができた。論文では、a要因の変化を規定する6つのケースを設定し、ケースごとに前述したb~d要因がどのように変化するか、鎌倉市を対象としてオープンデータを活用しながら推定を行った。推定は、因果関係を単回帰モデルとして設定し、定数項の設定有無毎に決定係数を確認したところ、比較的良好な説明力を有する推定を行うことができた。それらをSDモデルとしてビルドアップすることを通じて、市民、経済、行政・マネジメントの各主体で、観光振興による効果やそれらが背反するかを確認できる。なお、回帰分析を複数重ねることになるため、SDモデル全体の説明力は必ずしも高いとは言えないものの、全体の傾向を把握するモデルとして位置づけるものとする。 分析の結果、実観光客数を増加させるためにはa1.日本語検索数が、1人当たり消費額増加のためには、a2.観光費、a3.魅力度といった要因を重視する必要があること、ケース1(検索数1.05倍)では来訪者数と1人あたりの消費額のいずれもが増加するため観光消費総額は1.08倍となる一方、混雑度合いが大きくなることから来訪者の満足度が減少することが明らかとなった。 構築したSDモデルによって、特定の観光振興策は短期的な経済効果増大をもたらすものの、満足度減少によるリピーターへの変容が危惧されることが考察できた。また、デ・マーケティング設定ケースでは来訪者数が減少する一方、来訪者の満足度が向上すること、来訪者満足度と市民満足度のいずれも改善されるケースでは、来訪者数低く抑える一方、1人あたり消費額を増加させる取り組みによっていずれの満足度も改善することが確認できた点が成果といえる。
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今後の研究の推進方策 |
持続可能な観光地形成に向けた複雑系モデルの開発に目途がついたものの、一方で、観光地マネジメントに関わる望ましい変数全てが入手することができないこと、操作性が必ずしも良いとは言えないこと、政策立案者による政策・事業がアウトプット、アウトカムに与える影響(因果構造)を反映できていない点が課題といえる。これら問題点の改良を念頭に、研究目的の2番目に相当する複雑系モデルを用いた合意形成ツールの開発を2022年度に取り組む必要があると考えられる。 このツールの使用用途であるが、昨今のSDGsへの関心が高まりと関連して、観光分野においても「持続可能な観光」の実現に向けた体制の整備が急務となっている.そのためには,対象地域の現状把握が重要と考えられ,持続可能な観光に向けたガイドライン等が提案・活用されている.ガイドラインは取り組みの際に参考になり,モニタリング指標は事後的な状況把握ができるものの,施策の検討段階でその影響を予測できると,効果的な施策選定,ステークホルダーの合意形成,担当者の効力感醸成に資することができる.そこで、開発ツールを観光政策・施策に関連する多種多様な主体の合意形成に資することを念頭に、講じられる観光施策の影響を定性的要因を含めて明示しながら主体毎の施策影響評価を行う場面への援用を考えるものとする.そのために,鎌倉市を対象として,観光施策による影響の波及プロセスを表すとともに,要因間の影響度合いを数値配分法を用いたアンケート調査によって設定し,ロジックモデルを構築することを検討する予定である。 現状のSDモデルでは,取り上げる要因に関する課題(評価すべき要因が計測できない場合への対処や定性的要因の考慮など)と因果構造や影響度合いをどのように明示するかといったモデリングに関する課題があるため、その改良が2022年度の大きなミッションと考えられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染症の影響により外国出張が行えなかったことから、2022年度の執行を考えている。なお、出入国の制約状況や先方の研究者の受け入れ可能性も勘案し、日本国内で研究を効果的に進捗させるための代替的方法についても検討を進めたいと考えている。
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