研究課題/領域番号 |
21K12490
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研究機関 | 立正大学 |
研究代表者 |
畢 滔滔 立正大学, 経営学部, 教授 (70331585)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 地ビール / クラフトビール / 観光地まちづくり / 起業家 / 飲み会 / 日本型近代家族 |
研究実績の概要 |
2022年度に2つの調査を行った。(1)コロナ禍の下で実施された飲食店営業制限が撤廃された米国において、クラフトビールメーカーの戦略について調査を行った。(2)高度経済成長期に形成された日本独特のビールの消費文化および家族モデルが日本のクラフトビール産業の発展に及ぼした影響について、文献レビューを通じて検討した。 米国クラフトビールメーカーの戦略について2点の知見を得られた。第1に、コロナ禍の下、多くの州はビール販売の規制緩和を行った。規制緩和によって、クラフトビールメーカーは直接消費者にビールを販売し、商品を配達することができるようになった。米国のクラフトビールメーカーはこれを機会としてとらえ、缶ビールの生産システムを迅速に整え、消費者への直接販売・物流方法を考案した。第2に、コロナ禍によって、米国において集いの場を求める消費者はむしろ増加した。こうした変化をとらえた米国のクラフトビールメーカーは、自社醸造所併設のブルーパブやティスティングルームの利用やすさを改善することで、幅広い顧客を吸引する能力を高めようとしている。 高度経済成長期に形成された日本独特のビール消費文化と家族モデルが日本のクラフトビール産業の発展に及ぼした影響について、2点の知見を得られた。第1に、クラフトビールという新市場が確立するには、(a)起業家精神に富む生産者、(b)クラフトビールを積極的に試す消費者、および(c)クラフトビールの価値やそれが代表する社会的意味を消費者に宣伝する文化ブローカーの3者がそろう必要がある。しかし、1990年代後半から2000年代にかけての日本市場において、クラフトビール産業に対する公的支援があったものの、上述した3者はいずれも出現しなかった。第2に、高度経済成長期に形成された日本独特のビール消費文化と日本型近代家族制度は、上述した3者の出現を困難にした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
おおむね順調に進展していると評価した理由は、クラフトビール産業の発展について、以下の4つのことを明らかにしたからである。 第1に、コロナ禍に直面し、飲食店の営業に対する制限および支援策について、日米の違いを明らかにした。日本において、政府は飲食店に対して休業や営業時間短縮を要請したと同時に、要請に協力することで生じた経済的損失を補填する政策をとった。一方、米国において多くの州政府は、営業継続と感染拡大防止両方を実現する方法を模索した。そのため、多くの州政府は、ビール販売に関する規制を緩和し、メーカーが缶・瓶ビールを消費者に直接販売し、商品を配達することを合法化した。 第2に、上述した日米の政策の違いは、クラフトビールメーカーのイノベーションに影響を及ぼした。米国のクラフトビールメーカーは、規制緩和を機会としてとらえた。彼らは、自社醸造所併設のブルーパブやティスティングルームに依存していた生産・販売方法を変え、缶ビールの生産体制を迅速に整え、また、商品配達の方法を考案した。一方、飲食店の営業が制限された日本において、クラフトビールメーカーはイノベーションの機会が少なかった。 第3に、日米の政策の違いは、クラフトビールメーカーの競争力に影響を及ぼした。米国のクラフトビールメーカーは、缶ビールの直接販売によって、規模拡大が可能になった。一方、日本の場合、2010年代からようやく認知され始めたクラフトビールは、コロナ禍によって認知度を一層高めることができなかった。 第4に、クラフトビールを含め、新市場が確立するには、生産者だけではなく、メインストリームの商品と根本的に異なる商品や、大衆から「ばかばかしい」と批判される商品、または完成度が低い商品を積極的に試し、支援する購入者と文化ブローカーが不可欠である。こうした知見は、日本の新産業育成政策の策定に重要な示唆を与えると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度の研究の目的は、(1)観光産業が元工業都市の経済再生に及ぼす影響、および(2)クラフトビール産業の発展が上述した都市の観光振興に及ぼす影響を明らかにすることである。そのため、以下の3つの調査・研究を行う予定である。 第1に、日本においてクラフトビールが観光地域づくりに及ぼす影響を明らかにするために、インタビュー調査および参与観察を実施する予定である。インタビュー調査は、主要な観光地である北海道および関西地区において、百貨店のバイヤー、観光協会・観光地域づくり法人(DMO)の担当者、クラフトビールメーカーのブルーパブの経営者、クラフトビールを取り扱うパブの経営者に対して実施する予定である。参与観察は、上述したブルーパブとパブで行う予定である。参与観察を通じて、顧客の特徴および、日本のクラフトビールに対する観光客の評価を明らかにする。 第2に、クラフトビール産業の発展が米国ラストベルト地帯の元工業都市の観光振興に及ぼす影響を明らかにするために、インタビュー調査および参与観察を実施する予定である。インタビュー調査は、オハイオ州アシュタブラ都市圏において、市会議員、DMO担当者、クラフトビールメーカー、レストラン・パブの経営者に対して実施する予定である。参与観察は、当該地区のレストラン・パブで行う予定である。参与観察を通じて、顧客の特徴および、クラフトビールを含む観光リソースに対する顧客の評価を明らかにする。 第3に、クラフトビール産業、観光振興および元工業都市の経済再生の関係について、先行研究の結果をレビューする予定である。文献レビューを通じて、インタビュー調査および参与観察で収集したデータを分析する理論枠組みを抽出する。 2024年度は、2021年度~2023年度の研究結果をまとめ、『立正経営論集』および『マーケティングジャーナル』に投稿する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は次の通りである。2022年度日本において水際対策が継続されたため、インバウンド客はより少なかった。また、飲食店営業制限は地域によって完全に撤廃されなかった。それが故に、日本のクラフトビールが観光地域づくりに及ぼす影響を解明するための現地調査を実施することができなかった。主要な観光地である関西地区におけるインタビュー調査および参与観察を行わなかったため、次年度使用額が生じた。 2023年度以降の助成金の使用計画は次の通りである。2023年度3つの調査・研究を行う予定である。(1)主要な観光地である北海道および関西地区において、インタビュー調査および参与観察を実施し、日本においてクラフトビールが観光地域づくりに及ぼす影響を明らかにする。(2)米国オハイオ州アシュタブラ都市圏において、インタビュー調査および参与観察を実施し、クラフトビール産業の発展が米国ラストベルト地帯の元工業都市の経済再生に及ぼす影響を明らかにする。(3)文献レビューを行い、インタビュー調査および参与観察で収集したデータを分析する理論枠組みを抽出する。 2024年度は、2021年度~2023年度の研究結果をまとめ、『立正経営論集』および『マーケティングジャーナル』に投稿する予定である。
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