本研究の目的は、文章読解中の「理解の程度」を推定するための脳波解析技術を開発することである。私たちは先行研究において、文章読解中に計測した脳波データの解析により、読解した文章のどこの部分を「記憶」したかを予測できたが、これに加え「理解」を伴うかどうかを予測できれば、応用価値が高まると考えた。令和3年度は、全脳神経回路シミュレーションの結果から、脳波進行波パターンは脳全体の活動パターンを反映し、かつ、頭部非拘束の場合でもアーチファクトに影響を受けづらい脳波指標であるという着想を得た。そこで令和4年度は、絵画呼称課題中の皮質脳波を解析し、脳波進行波が自発的な構造を持ち、比較的安定して現れることを明らかにした。令和5年度は、オンラインおよび対面講義受講中の頭皮脳波計測データについて、脳波進行波解析を行った。結果として、両条件では理解の程度には有意差がないものの、オンライン講義ではベータ帯域(15-25 Hz)、対面講義ではアルファ帯域(9-13 Hz)の前頭部から後頭部方向への脳波進行波が強まることが示された。さらに、頭部非拘束条件の脳波計測ではアーチファクト混入の疑念が完全には払拭できないと考え、脳波と頭部運動のコレジストレーション法を用いて脳波解析の信頼性を高めるための解析手法を検討した。これら一連の研究では、残念ながら、実用の観点で有益と思われた「理解の程度」を推定する技術を十分に確立することができなかった。一方、頭部非拘束において脳波信号を検出できる新しい基盤的な解析技術として、脳波進行波解析、脳波-頭部運動コレジストレーション法を開発した。これらの解析技術は教育・学習の実環境の脳波計測を実現するために必須の技術であり、今後の研究の重要な足掛かりとなることが期待される。
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