研究課題/領域番号 |
21K12616
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研究機関 | 北里大学 |
研究代表者 |
中森 智啓 北里大学, 一般教育部, 講師 (50725348)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 刷込み行動 / 臨界期の制御 / 神経可塑性 / 学習 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、成立可能な時期(臨界期)が限定されている鳥類の刷込み行動を学習モデルとして用い、ナトリウム利尿ペプチドのCNP3及びオステオクリン(OSTN)の臨界期制御における役割を調べ、幼若期における神経可塑性の新たな神経基盤の発見を目標としている。そのために、まず臨界期中に発現が高いCNP3及び臨界期の終了時以降に発現が高いOSTNが臨界期の開始・終了時期を制御しているのかを行動学的に解析した。CNP3を学習前に脳内に投与した場合、刷込み学習に必要な時間が短縮された。CNP3発現細胞の近傍にはCNP3の受容体であるナトリウム利尿ペプチド(NPR)1および2を発現する細胞が存在し、CNP3は受容体を介し環状グアノシン-リン酸(cGMP)を活性化させることで、複数のプロテインキナーゼ活性を調節し、細胞の活動性を変化させていると考えられる。また、OSTNを学習成立後に脳内へ投与した場合、獲得された記憶の保持期間が延長されることや、受容体の発現を阻害した場合、刷込みの獲得が起こったとしても記憶の固定化が起こらないことが分かった。さらに、神経細胞の形態的な変化におけるOSTNの働きを詳細に調べた結果、幼若期の脳においてOSTNが神経突起の分岐を抑制する役割を持つことが分かり、記憶獲得後の神経突起の分岐の抑制がその後の記憶固定の過程および記憶の長期保持に重要な働きを持つことが分かった。この働きの細胞内メカニズムを解析したところ、OSTNは受容体NPR3を介し、細胞内の環状アデノシン一リン酸(cAMP)の活性を低下させていた。これらのことから、CNP3は臨界期の開始・維持に、OSTNは記憶の保持に、それぞれ関与していることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では、鳥類の刷込み行動を学習モデルとして用い、CNP3及びOSTNの臨界期制御における役割を調べ、幼若期における神経可塑性の新たな神経基盤の発見を目指している。2022年度においては特にOSTNの神経細胞の形態的な変化における働きと、その細胞内のシグナルカスケードについて解析を行った。OSTNは胚時期の神経細胞の突起の伸長を阻害する働きがあることは、2021年度の研究から分かっていたが、孵化後の個体の神経細胞における働きは不明であった。そこで、刷込み学習のを行った個体の中から、記憶の長期保持ができた個体とできなかった個体を選別し、それぞれの脳における神経細胞の形態の違いやOSTN等の遺伝子発現量の違いを比べた。その結果、記憶が長期保持されていた個体の脳では、保持しなかった個体に比べ神経突起の本数が少なく、OSTNの発現量が高いことが分かった。このことから、刷込みの学習成立後にOSTNの発現が上昇し、脳内の特定の神経細胞の突起の枝分かれを抑制することで神経の可塑性を低下させることで神経回路を安定化させ、記憶の固定化が起こっていることが考えられた。また、細胞内のcAMP活性を蛍光によって解析可能なタンパク質(Pink Flamindo)を使用し、NPR3発現細胞においてOSTNの働きを調べた。その結果、OSTNが受容体NPR3に結合した場合、細胞内のcAMP活性が一時的に低下することが分かった。
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今後の研究の推進方策 |
OSTNの受容体であるNPR3は異なる細胞内ドメインを持つ複数のサブタイプが存在する。2022年度に解析を行ったサブタイプは、cAMPの活性調節ドメインをもつタイプのものに限定していたが、ニワトリ雛の脳内においては、cAMP活性調節機構を持たないものも発現している。それぞれのサブタイプの神経突起の変化における働きを調べ、どの細胞内ドメインが記憶の固定化に重要な働きを持っているかを特定することが今後の主な方針である。さらに、cAMP活性の調節と神経突起の伸長抑制を直接的に結び付けるメカニズムは未だ解明されておらず、その点にも注目して解析を行っていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
消耗品等の価格高騰を理由として、次年度に必要な物品購入の資金確保を行った。
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