研究課題
生体内における酸素濃度は、体外培養条件における酸素濃度(20%)に比べると著しく低いことから、低酸素濃度環境下でヒト間葉系幹細胞(MSC)を培養維持する方が、ヒトMSCにおける幹細胞性維持にとって適した培養環境であると予想される。そこで、当該年度においては、ヒトMSCを通常酸素濃度(20%、Normoxia)及び低酸素濃度(1%、Hypoxia)の培養環境下のそれぞれにおいて培養を行い、細胞増殖能、SA-beta-gal陽性細胞、細胞老化関連因子、多分化能、エクソソーム分泌能、サイトカイン分泌能などを定量的に比較評価した。Hypoxia環境で16時間培養した骨髄由来MSCは、Normoxia培養条件下と比較して、生存率、細胞形態およびエクソソーム分泌能に顕著な違いは観察されなかった。一方で、サイトカイン分泌能については、炎症性サイトカインや血管新生関連タンパク質の上昇が認められた。以上の結果は、骨髄由来MSC細胞において低酸素環境への適応機構が正常に機能していることを示唆している。また、miRNA発現解析の結果より、低酸素下で細胞増殖の抑制に関与することが知られているmiR-490-3pの発現が、Hypoxia環境下で培養されたMSCにおいて上昇していることも確認された。このことは、長期間低酸素環境でMSC細胞を培養し続けた場合、MSCの幹細胞恒常性が喪失する恐れがあることを示唆している。今後は、単一細胞遺伝子発現解析を実施し、Hypoxia培養環境下の長期的培養過程(細胞老化)において低下した幹細胞恒常性と相関する細胞集団画分を特定する予定である。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定どおり、低酸素培養環境がヒトMSCの幹細胞性維持に及ぼす影響について解析するために、様々な細胞機能アッセイを実施し、長期間低酸素環境でMSC細胞を培養し続けた場合、MSCの幹細胞恒常性が喪失する恐れがあることを示唆するデータが得られた。このように、本研究はおおむね順調に進展している。
昨年度までに得られた細胞老化関連遺伝子の候補となる遺伝子の機能を喪失させ、ヒトMSCの幹細胞恒常性機構を破綻させる実験を試みる。一方で、老化したヒトMSCにおいて、当該遺伝子を強制発現させることにより、幹細胞恒常性機構の再獲得に関して検証する。また、遺伝子喪失実験に関しては、初代培養細胞であるヒトMSCにおいては技術的に困難であるため、ヒトiPS細胞において目的遺伝子の機能を喪失させ、ヒトMSCへの分化誘導を試みることが可能か検討を行う。
遺伝子発現解析装置が施設内に導入されたことにより、当初シーケンスの外注費用として予定していた費用を抑えることができたこと、及び、研究資材の調達方法の工夫などにより、当初の計画よりも物品費用が低額で済んだため次年度使用額が生じた。残金分は翌年度予定額と合わせて、消耗品購入費および論文投稿費に充てる方針である。
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Stem Cells Translational Medicine
巻: 12 ページ: 379-390
10.1093/stcltm/szad029