研究課題/領域番号 |
21K12820
|
研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
吉沢 文武 秋田大学, 高等教育グローバルセンター, 講師 (20769715)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 生殖倫理 / 反出生主義 / デイヴィド・ベネター / 非対称性 / 生命倫理 |
研究実績の概要 |
本研究の核となる問いは、誕生をめぐる「存在と価値」に関する倫理学の「理論的知見」は、「現実の思考」と接続することが可能か、というものである。誕生をめぐる倫理学の学術的探究のなかには、現実的影響が分かりやすいものの他に、非同一性問題や反出生主義といった、不可避的に抽象的な話題が含まれる。そうした問題は、生殖に関する現実の思考のなかにどのように取り入れることが可能なのか、そもそも取り入れることが妥当なのか、明らかではない。本研究は、生殖をめぐる抽象的思考と、現実の思考を橋渡しすることを目的に、研究課題を以下の4つの段階に分けている。(1)反出生主義をめぐる論争において誤解とすれ違いの理由はどこにあるのかを明確にする。(2)反出生主義をめぐる議論の背景としての非同一性問題を整理し、それを扱うための生殖の倫理のための概念的道具立てを特定する。(3)生殖の倫理のための概念的道具立てと照らして、反出生主義をめぐる混乱の背景にある「道理ある誤解」を整理する。(4)生殖の倫理の理論を現実の思考に落とし込む。当該年度は、(1)の研究として、反出生主義とは何かを明確にする作業を行なうことができた。とくに、反出生主義を主導するデイヴィド・ベネターによる非対称性論証の精緻な検討を行った(2022年3月に論文を刊行)。研究分担者として加わる分析実存主義に関するプロジェクトとの相乗効果もあり、哲学研究者以外の読者がどこに躓くのかについても想定しながら、反出生主義を導く代表的な論証の再構成を行うことができた(2021年5月に講演を実施)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、研究に至った経緯として計画書に記した通り、動物倫理に関する先行する研究プロジェクトのなかで、生殖に関する倫理の検討をより精緻に行う必要性が明らかになったことが直接のきっかけになっている。その作業として、反出生主義をめぐる論争において、どのような誤解がなされているかを洗い出すというのが、当該年度の計画であった。第一に、非専門家向けの講演において、デイヴィド・ベネターの反出生主義の議論において誤解の多い点と正しい理解を解説する作業を行った。さらに、論文において、ベネターによる議論の詳細な整理を行った。これにより、当初の目標は達成できていると判断する。
|
今後の研究の推進方策 |
1年目の計画は、予定通りに進捗したと判断できる。今後の推進方策について、当初の予定では、非同一性問題の検討を中心に行う予定であった。その作業を進めていく予定であるが、ベネターによる反出生主義をめぐる議論のなかで、「生殖の非対称性」と生殖倫理・人口倫理のなかで呼ばれてきた原理の理解が論者によって異なる場合があり、明確化の作業が必要であると気がついた。実際、「生殖の非対称性」は非同一性問題と対をなしている。というのは、非同一性問題は、生殖の非対称性を説明するために必要とされる「人格影響説」という原理に由来すると捉えることができるからである。人格影響説とは、何かが道徳的に悪いのは、それが、誰かの状況をより悪くする場合だけだという原則である。こうした事情から、「生殖の非対称性」の精査に注力し、非同一性問題の整理は、場合によっては、それに付随的に扱うか、それ以降の年度に本格的に扱う方が成果に結びつくと予想する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、特に旅費として予定していた金額があまり使用できなかった。次年度の状況に応じて、再度旅費として十分に使用できない場合も、オンラインでの学会・研究会参加の環境をより整えるために必要な機器を揃えるなどして有効に利用する。
|