研究課題/領域番号 |
21K12826
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
池松 辰男 島根大学, 学術研究院教育学系, 講師 (10804411)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 良心 / 言語 / 決疑論 / 幸福 |
研究実績の概要 |
2022年度は、主として、ヘーゲルの良心論の他の倫理学との関連、および言語論との関連を確認することができた。 2022年度5月には著書『西洋倫理思想の考え方』を上梓した。本書そのものはあくまで入門書に位置付けられるが、本書の執筆過程を通じて、ヘーゲル『精神現象学』に示されたような伝統道徳および近代倫理学の諸問題点について、良心論との関連で整理することができた。 2022年度6月には日本ヘーゲル学会シンポジウム「ヘーゲルと精神分析」にて、提題「ヘーゲルにおける主体と言語 ラカン・デリダとの接点をめぐって」を発表した。本シンポジウムそのものは大阪大学未来共創センターおよび科研費研究プロジェクト(研究番号:19K21612)との共催シンポジウムに位置付けられるが、提題の過程でヘーゲルの言語論と良心論の関連を明確にすることができた。 2022年度9月には、第135回哲学/倫理学セミナーにて「最近の研究構想について ヘーゲル〈良心〉概念の射程」の発表を行い、上記の成果を総括することができた。 2021年度以前の研究で既に明らかにしたように、西洋倫理思想史において良心は、伝統的に決疑論と結びついてきたが、ヘーゲルはそこに、自己の確信を通じて既存の倫理規範の抽象性を克服する側面と、既存の倫理規範の権威そのものを動揺させる側面の両方を見てとった。2022年度は、このようなヘーゲルの良心理解の根底に、ヘーゲル独自の言語論があることを示すとともに、結果として出現する主観主義的・相対主義的状況における良心同士の「和解」でも、言語論が鍵を握ることを明確にした。このような関連を踏まえて、ヘーゲル内部では特に絶対知との関連、思想史では決疑論以外の良心の系譜との関連を明確にすることが、次年度以降の課題となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現時点では、本研究はおおむね順調に進展していると言える。2022年度は言語論との関連を明確にできた点に特に大きな成果があった。これは例えば『精神現象学』において従来からの課題である良心と絶対知との結びつきをより明確に解釈する鍵となりうる成果で、次年度以降引き続き課題とすることが求められる。 一方、課題としては、ヘーゲルに合流している思想史上の様々な良心の系譜を整序する視点が、まだ十分でないことである。特に、良心における決疑論の側面と自己確信の側面がどのように結びついてきたかを、近世からカントにかけてより丁寧に整理する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度以降は、第一に、ヘーゲル哲学体系全体における良心の位置付けや意義を確定することが重要となる。そのためには従来から指摘されている『精神現象学』の「絶対知」と良心との関係を、言語論などとも結びつけながら再整理する必要がある。これを通じて、ヘーゲルの実践哲学思想の中核が(従来から知られてきた人倫とともに)良心にあることがより明確にされるはずである。 第二に、ヘーゲルの良心概念の源泉を検証するうえでは、とりわけカントの良心概念との顕著なずれをどのように理解するかが鍵となる。そのためには、カントの良心概念(いわゆる「良心法廷」)において、良心の働きのいわば「デフレ化」がどのような影響関係のもとで起こったか、そしてヘーゲルにおいてはなぜ再び良心の働きの再評価が進んだかを、近世からカント、フィヒテ、ロマン主義にかけての思想史的変遷のなかから辿り直す必要がある。 第三に、本研究で繰り返し認識されたこととして、良心の系譜では決疑論的伝統と、宗教改革に象徴される「自己確信」の伝統とが交錯しているという問題がある。この交錯がどのように起こり、ヘーゲルに合流していったかを改めて再整理する必要がある。これに対しては、近代の内面性の自覚の歴史を説くチャールズ・テイラーの研究なども踏まえながら、アプローチすることを試みる。 以上の試みを通じて、従来の「人倫」の思想とは別の形で、伝統道徳やカント倫理学に対するヘーゲル独自の倫理思想の中核としての「良心」概念の意義を明確にしていくことが、後半にさしかかった本研究の最終的な目標となる。
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