本年度は、分配的正義論の応用的研究として医療資源の公正な分配基準の検討を中心に研究をおこなった。 具体的には、COVID-19の感染拡大に伴う医療危機に際して、治療の優先順位に年齢を用いることへの賛否があった。そこで、パンデミック下でのフェア・イニングス論の正当化論を検討した。フェア・イニングス論とは、人々の人生に閾値を仮定し、高齢者は人生の機会を十分にえることができたであろう年月を生きているのに対して若年者はそうした機会にまだ恵まれていないので、後者の利益を有すべきという立場である。こうしたフェア・イニングス論を有力な背景理論から検討し、パンデミック下でのフェア・イニングス論は擁護可能であると結論づけた。本研究は論文としてまとめ、『CBEL Report』に査読付き論文として掲載された。 また、分配的正義論の応用的研究に加えて、ウェルビーイング論の研究も進めた。規範理論においては、その本質はなにかが争われている一方で、社会科学の実証的研究では、人々のウェルビーイングを高める要因や幸福とみなす対象の解明が進んでいる。さまざまな分野で問われているウェルビーイングは、同じ概念といえるのだろうか。そこで、本研究はAnna Alexandrovaの文脈主義を検討することで、この問いに答えようとしている。これは、OPTF政治理論研究会第7回研究報告会(2023年9月開催)で報告後、論文としてまとめて投稿予定である。 本研究は、(1)分配の基準と、(2)分配の時間的射程に関する理論研究を進めたうえで、(3)その応用研究として医療資源の分配の検討を予定していた。これらの作業はいずれも順調に実施することができた。
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