2023年度は、前年度に引き続き、復員兵の家族へのインタビュー調査が順調に進み、14名の方にご協力いただくことができた。第二に、診療録調査については、1945年から1980年代までに退所した入院患者について入退院日、病名等の基礎的なデータの入力を終えた。第三に、戦争とトラウマに関するオンラインの学際シンポジウムを三回行い、のべ290名の方にご参加いただいた。 本研究は、以下の二つの目的のもとに行われた。(1)戦争という大規模暴力が個々の旧軍人の精神や家族との関係、彼らを取り巻くコミュニティ、ひいては戦後の日本社会全体に及ぼした長期的な影響を明らかにすること。(2)敗戦や非軍事化という大きな変化が、心を病んだ旧軍人に対する周囲の対応や当事者の意識にどのような影響を与えたのか(与えなかったのか)を明らかにすること 本研究全体を通じて、特に顕著な成果をあげられたのは、目的(1)の戦争が兵士と家族との関係に及ぼした影響についてである。戦争のトラウマが家族に及ぼした影響としては、現在のところ以下の三点に集約できる。(1)戦場や兵営から戦後の家庭に連なる暴力の連鎖、(2)元兵士のメンタルケアへの公的なサポート不足による、妻や子どもへの過重な負担、(3)元兵士の子どもや妻のメンタルヘルスへの影響。 目的(2)については引き続き診療録の詳細な調査が必要である。また、目的(1)のコミュニティや戦後日本社会への影響については、戦争とトラウマの学際シンポジウムを通じて多くの戦争体験者の事例に触れる機会があったため、今後他の戦争体験者との共通点や元兵士に固有の問題について考察を深めたい。
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