令和5年度も引き続き、東寺三宝の一人である杲宝(1306ー1362年)の『性霊集緘石鈔』等、これまでに収集した資料の翻刻と分析を進めた。研究期間の大半が新型コロナウイルス感染防止のための移動制限下であったため、問題の核心に迫るために異なる角度からのアプローチを考える必要があった。そこで謡曲を切り口にして、中世の言語観と文芸の関わりに迫ることを試みた。金春禅竹(1405ー1470年頃)と学問的な交流があった東大寺戒壇院十六代長老の志玉(1374ー1463年か)の『華厳五教章』の講義録に見られる草木成仏説を分析し、それを踏まえて禅竹作の能《杜若》の読解を試み、その成果を公表した。また、その論文の補遺として、そこで明らかになった思想構造に照らして、世阿弥作の能《高砂》と《采女》の詞章の一部について、新たな解釈を提示する論文を公表した。また別に、世阿弥作の能《清経》を『維摩経』と禅籍との関わりから再検討した論文を執筆した。これについては近日中に公表される予定である。 次年度は、残された課題に取り組みつつ、如上の方針転換を踏まえて広がった、中世の言語観と文芸の関わりに関する研究を引き続き継続してゆく。
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