研究課題/領域番号 |
21K12927
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
田口 麻奈 明治大学, 文学部, 専任准教授 (80748707)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 終末思想 / 洪水神話 / キリスト教文明 / 田村隆一 / 中桐雅夫 / 神戸詩人事件 |
研究実績の概要 |
2021年度は、昨年度から延期措置となっていた第16回ヨーロッパ日本研究協会(EAJS)における口頭発表“Poetics After the Total War”をオンライン開催によりおこなった。戦中の日本の〈総力戦〉の経験が、神罰による都市の滅亡といった神話的イメージで形象される様子について、「荒地」とその周辺を中心に考察する内容であり、発表の骨格としては昨年度までの研究に基づくものの、本研究の成果の一部を含む形で発展的に議論することができた。この口頭発表の録画は、EAJSのウェブサイト上に公開されている。 また本年度の大きな成果として、現代詩批評や創作の面で重要な商業誌誌上の「荒地」特集に企画の段階から関わり、従来の傾向を刷新する誌面作りに協力したことが挙げられる(特集「〈荒地〉から考える」、『現代詩手帖』2021年8月)。特に、日本の戦後詩研究が他領域の知見と交わりにくい状況をふまえ、1950年代の核技術に関する言説や、同時期のアメリカ、ヨーロッパ各国の文学状況など隣接領域に明るい研究者の協力を得ることで、議論の領域を拡大することを目指した。その結果、従来の学会誌では成立しにくい構成で、多くの学問的な新知見を含む誌面を実現することが出来た。同特集では、申請者自身も、戦前の鮎川信夫と第一次「荒地」同人の間で交わされた書簡の翻刻・解題を担当しているほか、瀬尾育生氏(首都大学東京名誉教授)や樋口良澄氏(関東学院大学客員教授)らとともに、研究・批評の現在をテーマに鼎談をおこなっている。 そのほか、〈神戸詩人事件〉に関わるシンポジウム(於・姫路文学館、11月7日)に参加し、旧制姫路高校の学生詩人たち(戦後に「荒地」グループとなる面々と同じ詩誌に参加していた)が、この事件に連座したにもかかわらず、相対的に言及されないことの意味や課題についての基調講演をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度もcovid-19の影響により、大英図書館その他、予定していた海外への調査出張が実施できなかったものの、ビデオ会議システムを利用していくつかの学会や研究懇談会を実施することが出来た。上記の【研究実績の概要】で報告した国際学会も、当初は従前の研究課題の枠内で計画していたが、一年間の開催延期の間に、本研究の成果の一部を発展的に接ぎ木させることができ、結果としてはより広がりのある議論の端緒を開くことが出来たと考えている。 また、企画段階から関わった雑誌の「荒地」特集についても、商業誌の運営上のタイミングや執筆者各位の都合と合わなければ実現不可能であったが、幸いにも企画趣旨が十全に活きる形となった。すでに各領域で確かな実績のある執筆者を多く集められたことや、普段は国内の媒体に執筆機会のない海外の研究者からの寄稿を得られたことにより、研究状況の多層化を大きく促進できたと考えている。 さらに、〈神戸詩人事件〉をめぐるシンポジウムへの参加は、当初の研究計画にはなかったものだが、これまで世に問うた研究成果をふまえての登壇依頼でもあり、ここに参加することによって、これまで言語化してこなかった問題を別の角度から形にする機会を得た。 上記の国際学会と雑誌特集、シンポジウムを契機に、多くの研究者との対話の機会を得ることが出来た。これらのことから、本年度の研究成果に関してはじゅうぶんな水準に達したと考えるが、ただし、全体的な資料調査の量に関しては、海外渡航が出来なかったことにより不足気味であることも否めない。資料渉猟の面での停滞は次年度以降の課題としたい。
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今後の研究の推進方策 |
上記の【現在までの進捗状況】で報告したように、学会や研究会などに関しては、オンライン開催を視野に入れれば、ある程度は旧来通りに進めていくことが可能である。ただし、たとえば本年度に申請者が登壇した国際学会(16th EAJS)では、タイムゾーンの違う地域に住む発表者同士で細かな相談を進めたり、スケジュールの再調整をおこなったりする作業の困難さも目立った。申請者自身も、突発的な通信障害への対策として、学会からの通知に従いあらかじめ発表動画を作って臨んだが、そうした形式は全体の時間調整の場では対応が難しく、全体での質疑応答の時間は非常に短くなった。 今後、申請者個人が開催する研究会や研究懇談会においても、ビデオ会議システムを利用する機会は格段に増えることと予想されるが、上記のような制約が避けがたいことをふまえ、発表と質疑を切り離すなど、必要な対策を講じていく予定である。 また資料調査に関しては、このまま海外渡航が難しい状況が続くようであれば、各種遠隔サービスを積極的に利用するなど、できる限りの代替手段を駆使することになる。国内でも、大学によって図書館の外部利用が制限されている場合もあり、引き続きアクセスが難しい状況が予想されるが、申請者自身は、都心の大学に勤務しており、国会図書館その他、大きな施設が比較的利用しやすい環境にある。普段、研究上の共同歩調をとっている研究者各位に対する協力も含めて、人的な繋がりを強化し積極的な情報交換を試みてゆく必要があるだろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、資料検証の一環として雑誌の一部を目録化する必要が生じたことから、所属大学の学生にデータ入力のアルバイトを依頼することとし、人件費を計上した。人件費は時給計算となるため、作業量と照らし合わせてあらかじめ総額を概算し、学生への支払い額を残したうえで残りの研究費を使用したが、予想よりも短時間でデータ入力が完了し、使い残しが生じた。人件費が確定したのは研究費の使用期限の直前であったため、書籍費など他の費目にふりかえる余裕がなかった。 次年度使用となった8000円強に関しては、書籍購入費等に当てる予定である。
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