研究課題/領域番号 |
21K12968
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研究機関 | 京都女子大学 |
研究代表者 |
藤原 美沙 京都女子大学, 文学部, 講師 (20760044)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | シュトルム / 子どもの死 / 詩的リアリズム / 障がい |
研究実績の概要 |
豊富な蔵書を有するウィーン国立図書館を、2022年8月14日(日)、8月16日(火)~18日(木)、8月20日(土)の計5日間訪問し、資料データを入手した上で分析・考察をすすめた。なお、8月15日(月)は聖母マリア昇天祭で当該図書館閉館のため、ウィーン大学図書館への訪問に切り替えている。前年度の研究実績において、シュトルムの『白馬の騎手』における精神薄弱児「ヴィーンケ」の死に関して、成長しない(できない)子どもに対するシュトルムの悲哀と神秘性を読み解いたが、今回はその背景事情をより強固にする、以下のような知見を得た。 19世紀半ばの欧州においては、「白痴」の施設が精神薄弱児のための小規模な教育施設となり、職員や教員は衛生学や教育学的方法に基づいて子どもたちに接していた。生理学的、経験的方法に基づいた教育概念を発展させ、認知能力の劣る子どもたちの教育に携わった人物としては、フランスのイタールやセガンの名が挙げられるが、ウィーンの「レヴァーナ」も精神薄弱児の重要な教育施設としての機能を果たしており、ドイツ語圏全体でも19世紀末には精神薄弱児の学校が多く設立されるようになった。 今回の調査では、こうした背景を素地として、教育による「正常」という枠組みが出来上がる過程と、その対立構図として障がいを捉える同時代の傾向を浮き彫りにすることができた。そこから、19世紀の作家であるシュトルムが、「正常」と「障がい」の狭間を小説において意識しつつ、その垣根を解消するために「子どもの死」を描写していることが推測できる。『水に沈む』において溺死する少年ヨハネスに関しては、「子ども」なる存在に対する、大人の憧憬と自責、そして生贄と犠牲という観点から『白馬の騎手』と結び付けて考察できることを明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新型コロナウイルス禍による制約により、本来であれば初年度に行うべき現地における資料調査が一年ずれたため。また、当初は北ドイツ・フーズムにあるシュトルムアーカイブへの訪問を計画していたが、まずは、より広範な資料を有する図書館を訪れるべきであると判断し、目的地を変更した。精神薄弱児に関する資料などは十分に得ることができたが、より精緻なシュトルム文学研究に触れるためには、やはり現地の国際会議を訪れる必要があり、全体の計画を一年延長せざるを得ない結果となった。また、今回の出張による成果は、10月に開催が予定されていた日本シュトルム協会秋季研究発表会にて口頭発表する予定であったが、こちらも新型コロナウイルス感染症に対する懸念のため、開催が急遽次年度に延期となった。このように、全体的に研究の進捗は遅れ気味とはいえ、12月に開催された第93回オイフォーリオンの会にて『水に沈む』と『白馬の騎手』に交差する問題性について発表し、本研究課題の見取り図を示すことができたことは、今後の研究の潤滑油になると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
夏期休暇を利用してシュトルムアーカイブに赴き、『水に沈む』と『白馬の騎手』関連資料の収集と検証を行う。前年度の成果とともに、10月の日本シュトルム協会で発表した後、論文としてまとめて投稿を予定している。WHOにより新型コロナ緊急事態宣言が終了されたため、国内外の各種研究会にも積極的に赴き、知己を得た研究者たちから、シュトルム文学と19世紀以降の西洋諸国における死生観という観点について助言を得ることとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の拡大が収まらず、当初の海外渡航計画を大幅に変更する必要が生じたため。シュトルムアーカイブへの訪問は、専門家の助言を仰ぐという意味でも欠かすことができないが、国内にて入手可能な資料については出来る限り収集し、研究基盤を整えた。
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