研究課題/領域番号 |
21K13091
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小林 理恵 東京大学, 史料編纂所, 特別研究員 (20791817)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 触穢 / 服忌令 |
研究実績の概要 |
本年度は、諸社服忌令の成立について考えるための検討として、(1)平安期の古記録から一部の神社にのみ特有な触穢に関する制度・慣例についての情報収集作業、(2)現存する服忌令の把握作業、この2点に大きく分けて取り組んだ他、月一回程度、近世史の研究者と共に、近世の伊勢神宮における触穢制度の運用などを検討する勉強会を開催した。 そのうち(1)の検討成果の一部は、「平安期貴族社会における魚食禁忌について」と題した論文として発表を行った。これは、延喜式触穢規定などの制度上にあっては問題とされないはずの、神祇祭祀に際しての魚食の禁忌が平安中期以降、宇佐・岩清水八幡宮や北野社といった、神仏習合の度合が伊勢神宮や賀茂社などと比較して高い一部の神社において確認されることについて論じたものであり、当該期にあって各神社にそれぞれ独自の慣例が成立しつつあったことが、この論文を通して明らかになったと思われる。 また同時期においては、しばしば穢れの発生がその理由説明とされる怪異現象(異常な物音や植物の異変など)を朝廷に報告するにあたり、従来は郡司-国司という地方行政組織がその主体となっていたのが、多く神社からの報告となることも確認された。この点は、神の何らかの意思表示とされた怪異現象について、その発生場所が神社周辺に限定されてゆくこととも関係しているが、各地の神社が怪異現象の報告の主体となってゆくこの傾向は、神社毎に怪異現象についての経験が蓄積され、何を怪異として報告を行うかという判断についても神社に一定の裁量の余地があったことを示唆する。ゆえにこれもまた神社がそれぞれ独自に、端的に言えば神の嫌悪するところのものとされた穢れにあたる事物をとり定めてゆく服忌令成立へと向かう流れの現れの一部として理解される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
上記(1)の検討を通して、平安中期頃から魚食のように一部の神社に特有の神祇祭祀に際しての慣例が生まれつつあったこと、また怪異現象の報告に見られるように、それぞれの神社が神社周辺での怪異現象の発生に関しての知見を蓄積させ、自らの祀る神についての考察を深めていったであろうことが明らかになった。しかしながら一方で、平安期末から鎌倉期にかけての成立とされる『諸社禁忌』に列挙される、神社毎に独自の触穢規定との対応関係を示す事例に関しては、此方が把握した限り、古記録においてはその記録が現時点では当初の想定ほどには確認されていないという問題が存在する。『諸社禁忌』は諸社服忌令に連続し得るものとしての重要史料であるが、他の史料からのその記載の裏付けが依然明確になっていないことは、触穢規定が神社毎に多様化してゆく過程を考える本研究においては重要課題の積み残しであると言える。 また上記(2)の作業については、『国書総目録』などを参考に現存する諸社服忌令にあたる史料の確認を行っているが、新型コロナウイルス感染症により史料の所蔵機関の多くで閲覧が制限されている状況が続いたため、未翻刻のそれらのうち特に現物調査を必要とするものへの検討に顕著な遅れが認められる。この点は各研究機関がインターネット上で公開している画像データや複写物の利用といった代替手段を可能な限り講じているが、以上を総合するに全体として「やや遅れている」との自己点検を行うところである。
|
今後の研究の推進方策 |
前述の研究進捗状況に鑑み、今後は特に上記(2)の作業について優先して取り組む予定であるが、現存する諸社服忌令は近世期に成立したものを含めればかなりの数にのぼる。ゆえに平安期よりその萌芽が見られる諸社服忌令の成立を、平安貴族社会において成立・展開した延喜式触穢規定との関連の中で検討する本研究の主題に照らし合わせた場合、平安京を中心とする畿内の主要神社である二十二社の服忌令を検討の中心に据えることが適切であると判断される。その上で、それらの服忌令と延喜式触穢規定、及び平安期の前例との対応関係を分析すると共に、延喜式触穢規定との相違が著しい部分が傾向として認められる場合、それは何によって生じたものであるのかを考える。この作業と並行して、平安期から鎌倉期にかけての朝廷と神社との関係や諸政策に関しても、先行研究を参照しつつ検討することも、前年度より積み残された課題を踏まえると必要になってくると思われる。 また上記の通り、近世史の研究者と協同して行っている、諸社服忌令、ひいてはその1つの成立基盤となった延喜式触穢規定が近世においてどのように運営されていたのかという検討作業を勉強会として継続して実施し、その成果を2022年度末もしくは2023年度中に共著の論文乃至研究会を開催することを計画している。これは本研究が目指すところの、延喜式触穢規定がその後の中近世において占めた位置を解明するための一助となることを期待するものである。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の影響により、学外研究機関の所蔵する史料の調査を延期したため、その分の出張費を次年度に繰り越すことになった。その延期分の調査に関しては、2022年度中に当初予定していた調査に追加する形で実施することを計画しているが、今後の新型コロナウイルス感染症の状況によっては、引き続き複写物の利用などの代替手段を講じる必要性が生じるが、その場合、2021年度分及び2022年度分の出張費の一部を史料複写費にあてることになると思われる。
|