本研究の目的は、南北朝期室町幕府で行われた特別訴訟手続(訴人の申し立てのみによって所領の知行を実現させる手続き)について再検討を行うことにある。本年度は研究をとりまとめることに注力した。 第一に、特別訴訟手続に関する研究史整理を行った。その結果、特別訴訟手続について、判決なのか判決ではないのか、引付方で行われていたか御前沙汰で行われていたか、などの点で見解の相違があったこと、さらに、それらの点が議論されないまま現在に至っていることを確認し、厳密な概念規定が必要と指摘している。 第二に、訴訟における沙汰付(所領の引き渡し)と訴陳について研究を行った。内談方(1344~49)においては発給文書(内談頭人奉書)の大部分が沙汰付命令であったことが指摘されていたが、答弁や出頭命令が発給文書を伴わない形で伝達されていたことを明らかにした。また、観応擾乱以後に下知状がほとんど発給されなくなるが、訴陳を経た上で判決を出すという訴訟のあり方が失われたわけではないこと、下知状に代わって御判御教書が判決文書として用いられていたことを指摘した。南北朝期を通じて訴陳を経た訴訟(特別訴訟手続ではない訴訟)が続いていたことになる。 第三に、特別訴訟手続とかかわって訴訟における審理手続きについて検討を行った。その結果、室町幕府の訴訟機関が職権的に活動する場合があったことや、引付方や内談方の構成員の枠組みにとらわれない柔軟な訴訟運営が行われていたことが明らかとなった。 第三の研究は「「斑鳩旧記類集」からみる南北朝期室町幕府の謀書判定手続き」(『古文書研究』九五、2023年6月予定)として掲載が決まっている。一方、第一・第二の研究については、現段階では論文の掲載に至っていない。今後、成果を公開できるようにするが、特別訴訟手続の通説に再考を迫るものであり、訴訟制度研究にとって意義のあるものと考えている。
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