研究課題/領域番号 |
21K13443
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研究機関 | 長野大学 |
研究代表者 |
松永 伸太朗 長野大学, 企業情報学部, 准教授 (80847509)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | フリーランス労働 / 労働時間管理 / リズムの専門性 / 労働調査 / 労働過程論 / アニメ産業 / マネジメント |
研究実績の概要 |
本研究では、企業に雇われずに働く独立自営業者がいかにして時間展望を獲得することができるのかという問いを中心に据え、理論研究とアニメ産業における調査研究を展開してきている。2年目の2022年度においては、アニメ制作者が行っているタスク管理についての調査研究を行い、中間的な成果を報告することを目標としていた。実際に2022年度中に東京都内のアニメ制作会社において約1ヵ月間にわたり参与観察やインタビュー調査を含む総合的なフィールド調査を実施することができた。その調査を通して、クリエイティブな業務に従事する者と、各クリエイティブ職のマネジメントを行う者の間にある時間展望のギャップや、とくにマネジメントに従事する労働者がどのようにして日々生じる不測の事態に対処しながら自身の業務や制作スケジュール全体を組織しているのかについて多くの知見を得ることができた。また、これまでは十分明らかではなかった国内のアニメ制作会社と海外下請企業との具体的な業務上のやりとりのあり方などについても調査を通して知見を得ることができ、今後日本国内に限られない形でアニメ制作現場の研究を展開していく可能性が開かれた。 成果報告の観点では、労働過程論に関する国際会議への参加や海外における労働社会学の最新動向についてのレビューを生かし、労働者の複雑な時間管理を一つのスキルとみなす「リズムの専門性」論に依拠しながら、学会報告や論文執筆を行った。この成果とりまとめ作業と並行して日本国内の若手産業・労働社会学者とのネットワークを発展させ、そのコネクションを生かして『21世紀の産業・労働社会学:「働く人間」へのアプローチ』(ナカニシヤ出版、2022年)を出版した。「リズムの専門性」をアニメーターの仕事に適用した論考も、同書に収録し、成果の普及に努めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では当初より2022年度にアニメ制作現場におけるタスク管理を捉えるための企業調査を予定しており、実際に東京都内の制作会社からアポイントメントを得て、1ヵ月程度の充実したフィールドワークを行うことができた。この調査のなかでは、これまでの研究で捉えてきたアニメーター(作画担当者)とは異なるクリエイティブ職である仕上げ・彩色担当者や、制作スケジュールのマネジメントを担当する制作進行職といった職種に該当する者が主な対象となり、アニメーターの視点からみた労働時間のあり方とは異なる側面を数多く捉えることができた。アニメ制作は一般に厳格なスケジュール管理が要求され、アニメーターでも与えられる作業期間は1~2週間しかないことも多いが、今回対象とした制作会社が主に担っている工程では数日から1日にすら満たないような締切が日々設定されるなかで、より時間的に切迫した状況のなかでの時間管理のあり方に関するフィールドデータを入手することができた。調査を実施したのが年度末にあたる2023年2~3月であったため、詳細な分析は来年度に進めていくことになるが、本研究の目的を達成するための重要なデータを2022年度内に得ることができた。 加えて、2022年度は研究代表者が編者の一人を務める形で日本国内の労働社会学研究の成果普及にかかわる書籍を出版することができ、これらの著作を通しても本研究にかかわる理論研究や調査研究の成果を収録することができた。とくに本研究における鍵概念の一つである「リズムの専門性」について論考を取りまとめ、収録できたことは大きな進捗の一つであると位置づけられる。これに加えて、国際的な労働社会学研究の動向把握や発信などにも務め、イタリア・パドヴァ大学で掲載された国際労働過程会議への参加・報告や、英語論文の執筆などにも取り組んだ。これらを総合して研究の進捗としては順調であると判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度については、本研究計画の当初の予定としてはアニメ制作者のキャリアと時間展望の関連性を明らかにするためのインタビュー調査を行う見込みである。2023年5月時点で調査のアポイントメント取得に着手しており、10名程度を目処にインタビュー調査を実施できる予定である。ただし、2022年度における企業調査が非常に充実した内容になり、分析するべきデータが膨大になっていることから、当初の予定よりも分析作業を進めることにリソースを割き、分析結果が出るごとに成果として取りまとめることに注力していくことにしたい。さらに、これまでの調査結果から、アニメ制作現場に導入されているデジタル技術や新しいビジネスモデルが、現場の労働時間管理に大きな影響を与えている可能性が浮かび上がってきている。これらの産業的な背景を理解するために、永田大輔氏(歴史社会学)に協力を得て進めている産業史に関する資料収集も引き続き行うこととする。 分析を進めるにあたっては、海外の労働社会学において展開しているフリーランス労働や労働時間理論の摂取が重要であることがこれまでの経過からも明らかであり、さらに国際的な文脈での議論に積極的に参加していく必要がある。そのために、2023年度も引き続き国際労働過程会議にてグローバルな文脈で研究を推進している研究者との議論を深めていくほか、世界社会学会大会でも報告を行う。労働を専門とする研究者だけではなく、広く社会学を専門とする研究者とも議論を重ねることによって、社会学における時間的秩序の議論等とも接続できる可能性が得られる。これらの学会参加や研究者との交流を拡大していくことを通して、本研究にかかる理論的視座をさらに発展させ、その知見を生かして分析をさらに精緻化していくこととしたい。
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