研究課題/領域番号 |
21K13745
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中山 遼平 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 助教 (00817489)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 視覚意識 / 運動外挿 / 予測処理 / double-drift illusion / 運動残効 / 視野間転移 |
研究実績の概要 |
意識的知覚の成立過程を理解するため,運動外挿現象における予測処理の役割に着目している.動的背景上で生じる運動外挿の現象報告に加えて,外挿の時空間特性や注意への依存,外挿による単純反応時間の遅延などを示した一連の心理物理学実験の結果をまとめて国際誌に再投稿し,報告者を筆頭著者とする原著論文として公刊された(Nakayama & Holcombe, 2021).また,運動外挿の生起機序に関して,感覚入力の消失後も継続するトップダウンの運動予測により視覚意識が成立するという仮説を検証している.心理物理学実験において,この仮説にもとづく予想と一致し,運動反転が事前に繰り返し提示された位置において運動外挿が減少することや,運動消失後にはじめて運動外挿が生じることを示唆する結果が得られた.これらの成果を日本基礎心理学会で発表し,優秀発表賞を受賞した(中山, 2021).脳波実験を通じて運動外挿の神経基盤の解明にも取り組んでいる. 一方,位置と運動の錯覚に関連して,主観的な運動軌道に対する順応及び残効を発見した.順応の視野間転移がみられたことから,この運動残効は大脳半球間で運動情報が統合されたあとの高次視覚過程に起因している可能性がある.これらの現象報告と解析結果について日本視覚学会で連名口頭発表した(田中・中山・村上, 2022).また次年度の国際視覚学会に投稿し,口頭発表に採択された(Nakayama, Tanaka, Murakami, 2022).この運動残効が意識や注意とどのように関わるか慎重に検討している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
運動外挿の現象報告と基本特性に関する心理物理学実験の結果をまとめて国際誌に再投稿した.また,運動外挿の生起機序を調べるため,2種類の心理物理学実験を実施した.さまざまなタイミングで瞬間提示された参照刺激との相対的な位置判断の分析にもとづき,運動外挿がいつ生じるかという時系列の推定を試みた.外挿は運動物体が消失した時点ではほぼゼロで,その後100ミリ秒程度の間に漸増していることを示唆する結果が得られた.別の実験では,運動消失位置において事前に繰り返し運動方向が反転されることで,運動外挿が減少するという結果が得られた.運動反転の学習つまり運動予測が外挿に関与している可能性がある.これらの結果は,運動予測にもとづき感覚入力とは乖離した位置と時間において運動物体が知覚されるという仮説と矛盾しない.運動外挿の神経相関を探るため脳波実験を実施中であり,興味深い結果が得られつつある. 一方,上記の研究から得た洞察を手がかりとして,主観的な運動軌道(double-drift illusion, Shapiro et al., 2010; Tse & Hsieh, 2006)に対する順応及び残効を発見した.物理的な運動軌道に対する残効が同程度生じたことから,この残効は順応刺激の運動軌道そのものではなく,その主観的知覚に強く依存していると考えられる.また,順応刺激とは対側の視野でも残効が頑健に生じた(部分転移した)ことから,大脳半球間で運動情報が統合されたあとの高次視覚過程に起因している可能性がある. 以上のように,研究計画時に提案した仮説の検証をおこない陽性の結果を得て,脳機能計測を実施中である.同時に,研究テーマと深く関連する錯視を独自に考案し,分析中である.また,国際学術誌や学会での発表を通じて,上記の知見を積極的に社会に発信している.
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今後の研究の推進方策 |
運動外挿現象における予測処理の役割について多面的に検討を加える.心理物理学実験では,運動物体に与えられた加減速と錯視量の逆相関分析から予測の時間窓を求めることや,観察者の定位にともなう能動的予測との関連を調べることを計画している.また,脳波計測を通じて事象関連電位や神経律動・共振成分と錯視の相関を探ることや,fMRI計測を通じて視覚意識の責任中枢に迫ることを視野に入れている. 主観的な運動軌道に対する順応及び残効の生起機序と機能的意義にも検討を加える.注意や意識にどのように依存しているか(二重課題や視野闘争などのパラダイムを利用して)調べることや,追跡眼球運動とどのような関係にあるか順応実験などにより調べることを計画している. 以上の研究を通して得られた実験知見をもとに,予測符号化理論や自由エネルギー原理など既存のセオリー群との関連を考察しつつ,意識的知覚の成立過程への理解を深める.その理論的帰結から予測される新たな仮説や関連する疑問にも取り組む予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置の影響により,当初予定していた学会参加や研究実施のための出張を取りやめたため次年度使用額が生じた。これは,次年度の物品費として,実験用PCの購入に使用することを計画している.
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