研究課題/領域番号 |
21K13746
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
上條 槙子 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特任研究員 (80758722)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 価値判断 / ラット / 社会割引 |
研究実績の概要 |
ヒトや動物の価値判断は主観的なものであり,そのうえ様々な場面や状況で変化する。このような主観的な価値の変化は,どのような仕組みで生じるのだろうか。本研究では,社会的文脈において主観的価値が変化するという社会割引(social discounting)とフラストレーションによる行動抑制という二つの心理的作用に着目し、これらの心理作用から主観的価値判断の認知メカニズムが生じているのではないかという仮説を提唱し、動物を対象とした実験を行うことでこのメカニズムの解明を試みることを目的としている。 当初の予定では、初年度にはラットを被験体とし、社会割引の基礎となる数的認知能力について検討を主に行う予定であった。しかし、社会価値割引の前提となる社会的文脈における主観的価値の変化の確認も重要であると考え、2021年度は数的認知能力を検討するための装置や実験手続きを準備すると同時に、ラットにおける主観的価値の変化について検討するための実験も実施した。 社会価値割引とは、餌などの資源を他者と分配することにより、実際のよりも価値を低く見積もってしまう現象である。2021年度に実施したラットを対象とした行動実験では、4匹中3匹のラットでこの社会価値割引の前提となる、他者の存在による主観的価値の変化を示す行動が生じることを示唆する結果が得られた。現在まで、ヒトやハト以外で社会価値割引が生じるという研究結果は国際的にも皆無であるため、この結果は非常に重要な知見である。モデル動物であるラットでの研究が進むことにより、行動だけでなく神経生理学的メカニズムの解明へとつなげていくことが可能となるだろう。また、ヒトやハトとの差異も見られ、今後は比較認知的研究として発展していくことも期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究期間の初年度である2021年度は、ラットを対象に社会価値割引の前提となる主観的価値の変化を示す行動を確認する実験を行った。被験体が得られる餌報酬の実際の客観的価値と主観的価値の捉え方の違いが、他個体の存在により変化するという現象がラットでも生じるか否か検討を行った。ハトを対象とした社会価値割引研究(Yamaguchi, et al., 2019)を参考にし、他者と一緒に餌を食べることのできる「共有餌場」と、被験体一匹で餌を食べることのできる「独占餌場」の2種の餌場が走路の両端に設置された自作のラット用実験装置を作製した。どちらの餌場を選択した場合でも被験体ラットには餌報酬は常に同量与えられ、「共有餌場」の他個体数を変化させた時に被験体の餌場選択行動がどのように変化するのか検討した。もし、他者の存在に関係なく餌報酬の価値のみで選択を行うならば、「共有餌場」の他者数が変化しても選択率は偏りが無いはずである。その結果、被験体4個体中3個体で「共有餌場」の個体が3-5個体以上になると、「共有餌場」よりも「独占餌場」を選択する傾向が確認された。これは、ラットにおいても他個体が存在することにより、餌報酬に対する主観的な価値が減少していることを示している。一方で、餌を共有する他個体数が3-5個体まで増加しないと「独占餌場」への選択の偏りが生じないことから、ヒトやハトとは価値の減少の仕方が異なる結果が示された。 また、社会価値割引現象が生じるための基礎となるラットの数認知を検討するため、実験実施の準備を行った。実験装置として、新しくタッチパネル式オペラント実験装置一式を購入し、現在実験刺激の作成や訓練手続きなどの検討を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度に得られた結果をもとに、2022年度はより統制された実験装置、手続きを用いてラットにおける社会価値割引現象を検討していく予定である。 2021年度に実施した実験では、ラットにおいても他個体が存在することにより、餌報酬に対する主観的な価値が減少していることを示す結果を得ることができた。しかし問題点として(1)「共有餌場」では隣接する他個体との餌報酬の競合が生じてしまう、(2)見知らぬ他個体に対する嫌悪による回避行動が生じる、という2点が挙げられた。この2つの可能性を排除するため、2022年度は実験装置と手続きを改良し、さらなる実験を実施する。(1)に関しては、「共有餌場」の餌皿に仕切りを設置し、隣接する他個体と競合することが不可能な状況にした場合にどのような選択行動を行うのか検討する。(2)に関しては、大型の飼育ケージを使用し、実験実施前から実験に使用するすべてのラット(6個体)を同居させて飼育を行う。これら2点を改良したうえで、2021年度の実験と同様な結果が得られるのか、それとも異なる結果が生じるのか検討する。また、同時に被験体の個体数を増加させて実験を行い、他個体という社会的文脈が影響する主観的価値に基づいたラットの選択行動の変化について、確固としたデータを取得する。その後、餌報酬の量と他個体数を変化させた場合の餌場選択行動の変化を測定し、ラットの社会価値割引の検討を進めていく。 また、社会価値割引現象が生じるための基礎となるラットの数認知を検討するため、タッチパネルによる実験も実施する。現在、刺激・訓練などの手続きの検討を行っており、確定次第実験を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、参加予定であったすべての学会がオンライン開催となり、旅費等の支出が0であったため生じた。翌年度以降の学会への参加費・旅費等に使用する。
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