研究課題/領域番号 |
21K13747
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
田中 千晶 金沢大学, 高大接続コア・センター, 特任助教 (00894461)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | ラット / ワーキングメモリ / 放射状迷路 |
研究実績の概要 |
本研究はワーキングメモリ過程における能動的な記憶制御能力を検討することを目的として,今年度はラットを対象に以下の検討を行った。 (1)順向性干渉における加齢の影響の検討 先行する記憶が現在の記憶に干渉し,現在の試行の遂行成績を低下させる順向性干渉について,ヒトでは加齢により順向性干渉が強く生じることが報告されている。ラットのワーキングメモリの検討に広く使用されている8方向放射状迷路を用いて,ラットの順向性干渉に加齢の影響があるかを検討した。課題を1日に2試行おこない,1試行目と比較して2試行目の成績が低下することにより,順向性干渉の影響が確認される。ベースラインの成績において成体個体と比較して老齢個体の遂行成績が低下することが認められた。これは,ワーキングメモリの保持の点で加齢の影響があることを示す。一方で,1試行目と2試行目の成績の差は成体個体と老齢個体で同程度であった。これは順向性干渉の程度に加齢が影響しない可能性と,老齢個体は成体個体と比べて記憶保持納涼区が低下するため,1試行目の記憶が2試行目の記憶に与える干渉が少なかった可能性が考えられるため,今後さらなる検討が必要となる。 (2)ラットにおける長時間保持の検討 ラットの8方向放射状迷路における記憶保持は,現在では25時間が最高とされている。この空間記憶の保持についてどれほど延長が可能であるか検討した。ランダムに選択した4アームに進入させたのち,一定の記憶保持期間をあけて,未進入のアームへの進入を求める課題を行った。記憶保持の期間を1時間から24時間,48時間,72時間へと徐々に拡大したところ,72時間においてもチャンスレベルを上回る成績が認められた。この72時間という記憶保持は,現時点では最高記録となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)順向性干渉における加齢の影響の検討 ヒトにおいてはワーキングメモリ能力の低下により加齢により混在する情報を弁別することが困難になるため,順向性干渉が強く生じることが報告されている。ラットにおいても成体個体と比較して老齢個体の順向性干渉が強く生じると予測して検討したが,ワーキングメモリの保持の点では老齢個体の成績が成体個体と比較して低下したものの,順向性干渉の程度については老齢個体と成体個体とで同程度であるという結果が得られた。これは予測とは異なる結果であるが,老齢個体ではもともとの記憶保持が成体個体よりも劣るため,記憶の干渉について検討する場合にはその点を考慮する必要があるという今後検討すべき課題が明確となった。 (2)ラットにおける長時間保持の検討 ラットが放射状迷路のアームという空間記憶をどれほど長期間保持することができるかについて,72時間もの間保持することが可能であることが認められた。これは,現時点では最長記録である。 以上から,おおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
(1)順向性干渉における加齢の影響について,追加の検討を行う。今年度の研究では多くの老齢個体を用いることができなかったため,検定力が十分でなかった可能性がある。さらに個体を追加して検定力を高める必要がある。 (2)記憶の干渉における加齢の影響について,今年度の研究では成体個体と老齢個体で順向性干渉が同程度であった。これは順向性干渉に加齢の影響がないのではなく,成体個体と老齢個体で異なるメカニズムにより同程度の水準となったのかもしれない。すなわち,成体個体では記憶保持が優れているため1試行目の記憶が干渉しやすいが,1試行目と2試行目をよく弁別できる。一方で老齢個体では,記憶保持が低下しているため干渉が少ないものの,1試行目と2試行目の弁別が困難であるかもしれない。このように異なるトレードオフによって,見かけ上は同程度の順向性干渉という結果になったのかもしれない。子の異なるメカニズムを区別するために,逆向性干渉などの検討をする必要がある。 (3)今年度の研究でラットが72時間ほど放射状迷路の記憶を保持できることが示されたが。チャンスレベルを上回る成績ではあるが,1時間などの比較的短い保持期間よりも成績が低下するが,これは記憶痕跡の減衰ではなく,使用する方略の傾向の違いによる可能性がある。すなわち,ラットは生得的な採餌傾向として,以前に餌を採取した箇所を避けるwin-shift傾向があるとされている。自然界では採餌してすぐに同じ場所に餌が復活する可能性が低いため適応的であるが,ある程度の期間ののちには復活しているため,一定期間後は以前に採餌した場所に戻るwin-stay方略が有効であると考えられる。そこで,ラットが長期間の保持期間ののちにwin-shiftとwin-stayのどちらの方略を用いる傾向にあるのか検討する。
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