研究課題/領域番号 |
21K13840
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
上田 祐暉 東京大学, 大学院数理科学研究科, 特任助教 (10835771)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 数値解析 / 流体計算 / 有限要素法 / 安定化 |
研究実績の概要 |
本研究では流体計算に対する数値計算手法におけるパラメータ選択に関して、『良い』選び方の基準を与えることを目的としている。流体問題を記述する偏微分方程式に対し、通常の有限要素法を適用すると、数値振動と呼ばれる挙動が観察されることがある。振動を含む数値解は、現実の流体現象のシミュレーション結果としては不適切なものであるため、これを回避するために、安定化有限要素法やNitscheの方法などが提案されている。ただし、これらの数値計算手法に関する数学研究は収束性や誤差評価が主である。すなわち、計算メッシュ幅を無限に小さくしたときに、元の数理モデルの解(弱解など)に近づいていく、ということはよく研究されている反面、メッシュ幅を有限に留めた際のふるまいに関する議論は多くない。そこで本研究では、メッシュ幅以外のパラメータに注目し、その数値計算結果への影響を考察する。特に元の数理モデルには存在しない、つまり偏微分方程式に上述の計算手法を適用することで初めて導入されるパラメータをどのように選択するか、という問題に対し、数学解析により判断基準を示すことを目的としている。 実際のシミュレーションでは、精度のためにメッシュをある程度小さくするものの、計算コストとの兼ね合いでどこまでも小さくできるわけではないため、他の計算パラメータを適切に選択することで『良い』数値解を得ることが重要となる。ところが、数値計算手法に対する数学解析においては、不等式中に現れる計算メッシュ幅に注目するあまり、その他のパラメータを定数に含めてしまうことも多い。本研究では、不等式評価を得る際に、安易に上限を取ってしまうのではなく、計算メッシュ幅以外のパラメータの与える影響を精密に調査する。これにより良いパラメータ選択の基準を示すことで、コンピュータシミュレーションの更なる効率化、高精度化に貢献することができると期待している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題の進捗状況は、当初の想定よりも遅れていると言わざるを得ない。 当該年度では時間発展問題に対する変分法的なアプローチを試みた。より具体的には、流体計算において導入されるパラメータに依存する量を、何らかのエネルギーノルムなどを用い定義し、それを最小化するようなパラメータを取ることができないかを考察した。この方法は本研究課題の申請時に想定していたアイデアであるが、この考えに基づいた数学解析結果はいまだ得られていない。 本研究課題で考察の対象としているパラメータは、大きすぎても小さすぎても望ましい数値計算結果が得られないため、適切な大きさの物を選択する必要があるが、この選択を最小化問題の求解に帰着させることができるような量を定めることは困難であった。特に想定外であったのでは、例えば数理モデルとして考察する偏微分方程式や領域形状、安定化有限要素法における安定化パラメータなどが、いずれも非常に単純なものであるというような仮定を導入しても、不等式評価へのパラメータの影響は簡単には表現できず、ある量を最小化する、という問題の導出は難しい。実際の数値シミュレーションでは、より複雑な状況を想定することを考慮すると、残念ながら現時点で良い数学的結果が得られているとは言えない。 「今後の研究の推進方策」においても言及するが、現在は変分マルチスケール法に注目し、ある種のスケール分離と同一視することができるような安定化手法を新たに構築できないか、という視点でも研究を進めている。現在までに先行研究の調査を行い、近年の研究成果のなかでも、特にvariation entropy theoryと関連した話題を確認した。 研究内容以外について、数値実験用のコンピュータの購入が遅れている。急ぎ機材や書籍の購入を行いたい。
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今後の研究の推進方策 |
先述したように、申請時点で想定していたアプローチでは望ましい成果が得られない可能性があり、現在は既存のアプローチの改善とともに、変分マルチスケール法を応用した新たなアプローチが考えられないか検討している。変分マルチスケール法では、関数空間を粗いスケールと微細なスケールとに分割し、微細なスケールの影響を粗いスケールの方程式に含めたものを解くことで近似解を得る。変分マルチスケール法には様々な特徴、メリットが存在するが、特にスケール分離の方法(より精密には粗いスケールへの射影の構成)次第では、変分マルチスケール法と安定化有限要素法と同一視できる場合がある、という点に注目している。典型的には、粗いスケールとして有限要素法に用いる有限次元関数空間を、粗いスケールへの射影としてL2射影やH1射影が用いられるが、先述のvariation entropy theoryと関連した論文において粗いスケールへの射影を、エントロピーを基に構成した量を最小化するもの、として定義しているものもある。これらに基づき、変分マルチスケール法の理論を用いることで、安定化有限要素法などの比較的記述が容易な計算手法に帰着させつつ、かつその手法を何かしらの量を最小化するものとして特徴づけることができると期待している。 研究計画は上記のような方針の修正を行うが、研究の実施方法に関してはこれまでと変わらず、書籍や先行研究の調査及び数値実験による検証を主軸とする。変分マルチスケール法は、その具体的な応用として有限要素法との組み合わせが挙げられるなど、これまでの申請者の研究分野から大きく離れたものではないため、これまでの活動および研究環境が引き続き活用できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請者は昨年、研究機関の異動にともない、異動先での研究活動の拠点となる部屋にコンピュータなどの機材や書籍などを買い揃える予定でいた。ところが、事務的な手続きの関係で部屋の準備が遅れてしまい、機材などの購入も先送りになってしまった。当初の予定より大幅に遅れてしまったものの、コンピュータなどの機材は今年度に購入することにしたい。そのための経費を、前年度から繰り越したいと考えている。
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