研究課題/領域番号 |
21K13860
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉川 尚孝 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (20819669)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | テラヘルツ波 / 電荷密度波 / 遷移金属ダイカルコゲナイド / 2次元物質 / 超高速分光 |
研究実績の概要 |
2021年度は、超伝導と電荷密度波(CDW)を示す遷移金属ダイカルコゲナイド3R-TaSe2薄膜について、高強度テラヘルツ波によるCDWの抑制の機構を調べた。これまでに観測されたCDWの振幅モード励起による動的相転移は、熱平衡状態で発達しているCDW秩序の抑制を伴うと考えており、その実証を行ってメカニズムを明らかにするためである。この目的のために、励起に用いるテラヘルツ波を高強度化し、CDW振幅モードのダイナミクスのテラヘルツ電場強度依存性を詳細に調べた。 まず、テラヘルツ弱励起下では周波数2.3 THzのCDW振幅モードの振動が明瞭に観測された。これはギンツブルグーランダウ(GL)方程式に従うポテンシャルの極小点付近での系の秩序変数の振動が、テラヘルツ電場によって駆動されたものと考えられ、実際に単純なGLポテンシャルと駆動力を仮定した運動方程式でよく実験結果を再現できることがわかった。次に、励起テラヘルツ波の電場強度を強くしていくと、振幅モードの振動が動的にソフト化(低周波数化)する様子が観測された。これは振幅モードの駆動に伴ってCDW秩序が部分的に抑制され、GLポテンシャルが浅くなったことに由来すると考えると理解できる。さらに強励起にするとCDW秩序の抑制がより顕著になり、完全に抑制されることでもはやCDW振幅モードの振動が明瞭に観測されず、金属相での振る舞いに近づくことがわかった。 高強度テラヘルツ波励起によるCDW秩序の抑制は、振幅モードのソフト化が起こる励起強度から急激に進み、その際誘起されるCDW振幅モードの振幅(結晶格子の変位に相当)は一定値より大きくならないことが明らかになった。これは他の1次元CDW系で報告のある弾性限界の存在を示唆していると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的である秩序変数操作による動的電子相制御を実現するためには、対象物質である3R-TaSe2薄膜に現れる電荷密度波(CDW)、超伝導、そしてCDW相をテラヘルツ波励起することで現れる隠れた絶縁相のそれぞれの平衡・非平衡状態と相関、ダイナミクスを理解することが極めて重要である。本年度調べたCDW相の振幅モード励起によるCDW相の抑制ダイナミクスは、隠れた絶縁相への遷移過程を理解するための知見を与えると考えられる。その中で、一般のCDW物質と類似した動的な抑制過程が観測されたことは興味深く、テラヘルツ波を用いた振幅モード励起による融解過程を詳細に調べることで、コヒーレントな励起によってどこまで大振幅に秩序変数を駆動できるかが明らかになったと考えている。得られた結果はCDW抑制に伴う他秩序の出現機構に知見を与えるだけでなく、コヒーレント励起による動的電子相制御の一つの限界点を示唆していると考えられる。これらの理由から、今後の研究を推進するために重要な知見が得られたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後はCDW相だけでなく超伝導秩序、隠れた絶縁相との相関を明らかにし、秩序相の制御を目指す。これまで詳細に調べてきたCDWの振幅モードのダイナミクスを軸に、テラヘルツ周波数帯の光学伝導度やコヒーレント放射を調べる予定である。特に3R-TaSe2薄膜の超伝導相を研究するためにはこれまで行っていない2 K以下の低温下での測定が必要であり、この低温の測定にも注力するつもりである。
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