研究課題
船舶の摩擦抵抗を低減させる空気潤滑法の効率を向上するために,ボイド波の利用が提案されている.ボイド波は,平板境界層で気泡により抵抗低減が活発に生じる際に観測されており,乱流境界層内に人工的にボイド波を作ることで,抵抗低減の効率が向上させることができる.令和3年度には,船舶の空気潤滑法でボイド波を利用するために必要な技術を開発し,またボイドの生成メカニズムを究明するための実験装置を構築した.①流下距離における抵抗低減率の推定:海上技術安全研究所の400m曳航水槽と36m模型船を用いて空気潤滑法の実験を行った.船体の全抵抗,および23箇所のせん断応力を測定することで,船体の全抵抗低減率を推定するモデル式を作った.②人工ボイド波の伝播過程のモデル:北大と海上技術安全研究所の二つの矩形チャネルを用いて,人工的に生成したボイド波の伝播過程を複数の流下距離において調査した.計測した波形を数理的に解析することで,ボイド波の拡散係数や分散係数などを求めた.評価結果,人工ボイド波は数十メートル以上持続可能であることが確認できた.③計測技術の開発:ボイド波を用いた境界層制御を行うためには,境界層をモニタリングする必要がある.船底の過酷な環境を考慮すると,耐久性に優れた超音波計測が適切であるが,得られる情報が限定的である.既存の1次元計測の次元を拡張するために,Vector UVPを開発し,液相の2次元速度場の計測に成功した.④チャネルにおけるボイド波の再現:ボイド波を詳しく計測するためには,チャネル実験が有効であるが,完全発達乱流であるチャネル乱流ではボイド波が生じ難い.そのため,流下距離で境界層が変化する拡大チャネルを設計・制作した.そして,平板境界層で観測されるボイド波がこの拡大チャネルで生成されることが確認された.来年度には,このチャネルを用いてボイド波の生成メカニズムを究明する.
2: おおむね順調に進展している
ボイド波を用いて船底の摩擦抵抗を広範囲において低減するには,いくつか解決すべき課題があり,本研究の当初の目的を「脈動の成長過程を予想し,上流で長距離下流まで抵抗低減を有する人工脈動を生成する」に絞っていた.初年度に拡大チャネルの設計・制作し,ボイド波の生成・伝播の過程を究明した後に,2年目に模型船の実験を行い,初年度に構築したボイド波の伝播モデルを検証する予定であった.しかし,最初に制作した拡大チャネルの流路内で,当初予定していなかった流れのはく離と偏流が生じ,ボイド波生成の実験に取り組むことができなかった.内部の流れを解析しチャネルの拡大角度を再設計することで,はく離と偏流を抑えてボイド波を生成することに成功(研究実績の④)した.この一連の過程に1年という時間がかかったため,既存の研究計画を修正することになった.拡大チャネルを再設計する間に,既存の研究設備(矩形チャネルと模型船)による実験(研究実績の①と②)とボイド波モニタリング装置の開発(研究実績の③)を行った.
令和3年度の研究成果を踏まえ,令和4年度には下記2つの項目について研究を進める.【境界層発達とボイド波生成との相関関係の究明】新規に制作した拡大チャネルで観測されるボイド波の生成過程を調査し,ボイド波生成のメカニズムを究明する.チャネル内にボイド波を安定的に生成できたため,ボイド波の定点観測と光学装備を使った境界層の計測が可能になる.ボイド波と境界層を同時に計測できるので,両者の相互作用が明らかになると予想している.【人工ボイド波による抵抗低減率の推定】ボイド波伝播モデルにより,ボイド波の減衰率が予想以上に低く,数十メートル以上にわたって持続可能であることがわかったため,36m模型船にボイド波による空気潤滑法の実験を行い,ボイド率の伝播過程と抵抗低減率を調べる.既に,ボイド波の制御なしの条件における空気潤滑法の抵抗低減率の推定法ができているため,制御なしでの抵抗低減率と本実験で得た抵抗低減率と比較することで,人工ボイド波による抵抗低減率の改善率を評価できる.
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