研究課題/領域番号 |
21K14193
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
宗田 伊理也 東京工業大学, 工学院, 助教 (90750018)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 2次元層状物質 / スピントロ二クス |
研究実績の概要 |
MoS2薄膜の(1)磁化測定と(2)磁気抵抗測定の二つの研究テーマを学部学生と協力して平行して実施した。(1) MoS2薄膜の磁化特性の測定については、研究開始当初からの懸念事項として、基板の反磁性の影響が大きく、適切な磁化測定が阻害される問題があった。これは、基板の厚さがコンマ数ミリであるのに対し、MoS2薄膜は数nm程度と桁違いに薄いためである。まず、これに対する対策を講じた。方法は、通常用いられるシリコン基板(0.3 mm - 0.7 mm)ではなく、一桁薄い0.03mmの極薄基板を特注し、これを用いて薄膜を成膜することによって、磁化を適切に測定することに成功した。その結果、飽和磁化が成膜温度、及び、測定温度に依存して変化することが分かった。測定点を増やし、傾向と系統性を明確にすることで、論文化が可能であると考えられる。(2) MoS2薄膜の磁気抵抗測定については、ノンドープ半導体は4Kにおいては抵抗が非常に大きくなるため、まず低抵抗薄膜の作製方法を模索する必要があった。その方策として、膜厚をやや厚めの7 nm - 8 nmに設定し、表面とボトムからの空乏化の影響を抑止した。さらに、成膜時基板温度を低下させ、また、成膜時のAr分圧を下げることで結晶欠陥を生じさせ、キャリアドーピングを施した。加えて、電極材料を選定した。その理由は、電極材料によってコンタクト抵抗が異なることが知られているからである。仕事関数が真空準位とMoS2の伝導体下端の差に近いものが良いとされていることから、アルミニウムと銀を試行した。アルミニウムでは低温で抵抗の発散がみられたが、銀を用いると抵抗は増大したが、電流を流すことが可能な範囲であった。これにより、4Kで磁気抵抗を再現性よく測定することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
(1) 磁化測定について、飽和磁化の成膜温度依存性を得ることに成功した。さらに、測定温度依存性を得ることに初めて成功し、これが成膜温度によって異なることが分かった。さらなる実験を遂行することにより、成膜温度違いの磁化温度曲線のフェイズダイアグラムを得ることが可能となると考えられることが、進捗状況が当初の計画以上に進んでいることの判断理由である。 (2) 磁気抵抗測定についても進捗状況は当初の計画以上に進んでいると判断する。その理由は、(a) 低温において抵抗が高いながらも電流を印可することが可能となる作製条件を見つけることができたこと。(b) 磁気抵抗を概ね再現性よく測定することができていること。(c) 磁気抵抗が電流の大きさに依存して変化することを発見したこと。 (d) その電流密度が小さく、低消費電力による強磁性の電流制御の実現に期待が持てること、が挙げられる。本研究課題の申請書において提案した概念 ”4d軌道の局在スピンを遍歴電子系によって制御することが容易である” ことを実証することに成功したものと見なせ、新たな学理の構築につながるものと期待する。
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今後の研究の推進方策 |
(1) 磁化測定については、(a) 成膜温度は250度から600度まで、25度ずつ変えて一連の試料を作製する。(b) 測定温度を変えながら飽和磁化や異方性磁場、保持力、帯磁率を測定する。(c) 一連の試料に関する測定温度と(i)飽和磁化、(ii)異方性磁場、(iii)キュリー温度の関係を得て、多結晶構造でトポロジカル欠陥を持つ強磁性MoS2に関するフェイズダイアグラムを作成する。(d) 次に、2次元層状物質について、構造と強磁性の関係を理解する。そのために、1層、2層、3層、... 、10層と層数・膜厚の異なる試料を作製し、磁化測定を実施し、強磁性の層数依存性を得て、構造と強磁性の理解の一つとして、層間相互作用を明らかにする。(e) 層数と成膜温度の二つを作製条件パラメーターとして(c)のフェイズダイアグラムを作成する。
(2) 磁気抵抗測定については、(a) 本研究(若手研究3年間)の初年度に得た磁気抵抗の電流依存性のデータを解析し、多結晶MoS2の強磁性起源と電流による変調の仮説を立て、論文を投稿する。(b) 次に、素子加工に関して、これまでは基板表面全面に成膜したMoS2薄膜にステンシルマスク越しにメタルを堆積し電極としていた。これでは、磁気抵抗、ホール抵抗の区別が難しく、電流が直線状にならない問題などがある。今後、これを収束イオンビームを用いるなどしてリソグラフィレスに素子分離をほどこし、ホール効果測定に適した素子形状に加工し、磁気伝導測定を試みる。また、チャネル長やチャネル幅を調整し、強磁性変調の電流依存性のさらなる原理解明を進める。
(3) 磁化を測定する方法として、新たに磁気光学測定を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由:初年度において、思ってもみなかった研究成果が出たことにより、少ない実験の試行回数にもかかわらず、当初の研究計画が進行した。これにより、新たなパターニング用ステンシルメタルマスク製作費やシリコン基板などの消耗品の購入や、装置を改良する費用、共同利用装置の利用料に費やす費用が少なくなった。このため、今年度に使用を予定していた予算を次年度に回すことが出来たことが次年度使用が生じた理由である。 使用計画:本研究における予算の主要な使途は、消耗品、装置利用料、装置修理費用である。このうち、消耗品については、特注の極薄基板が高額であり、これの購入費用に充てる。また、電極パターンの形成にステンシルメタルマスクを製作する必要があり、その費用に充てる。装置利用料については、磁化測定、磁気抵抗測定、及び、微細加工装置の共同利用装置の利用料に充てる予定である。装置修理費用は、まんがいち装置が故障した場合にその費用を計上する。
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