研究課題/領域番号 |
21K14418
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
山下 享介 大阪大学, 接合科学研究所, 助教 (20829080)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 中Mn鋼 / TRIP効果 / 加工誘起マルテンサイト / 中性子回折 / 摩擦攪拌接合 / その場観察 / 相安定性 / 残留オーステナイト |
研究実績の概要 |
3~10 mass%のマンガン含む中Mn鋼は、準安定なFCC構造のオーステナイト(γ)が変形中に硬質なBCCもしくはBCT構造のマルテンサイト(α’)へと加工誘起変態することで優れた強度と延性の両立を実現できる。そのため、次世代高強度鋼として期待されており、盛んに研究されている。中Mn鋼の優れた機械的特性の発現にはγの加工誘起変態挙動が重要であり、その最適化には変形に対するγの安定性を適切に制御することが要求される。しかし、実際に構造部材として使用する上では接合が要求されるが、既存の溶融溶接法ではγを微視組織中に残存させることやその安定性を制御することは困難であり、接合部の特性は劣化してしまう。摩擦攪拌接合(FSW)は摩擦や加工発熱による入熱と攪拌による塑性流動を用いて固相状態で接合させる技術である。FSWでは接合中の入熱量を接合条件(接合ツールの回転数や接合速度)により制御できることから、その接合条件を最適化することでγの安定性を制御した接合部を有する中Mn鋼継手を実現できると考えられる。本研究では、同一組成で二相域焼鈍の温度を変えることでγの安定性を変化させた中Mn鋼を対象とし、任意の接合条件でFSWを施す。そして、その接合部に形成された微視組織および機械的特性を評価することで、変態誘起塑性(TRIP)効果を積極的に活用した接合部の実現に対する基礎的な知見を得ることを目的としている。2022年度では、2021年度で得られた接合条件に関する知見を基にFSWを実施し、母材およびFSW継手攪拌部から引張試験片を採取した。得られた試験片を引張変形中その場中性子回折試験に供することで、変形に対するγの安定性や応力分配挙動、各構成相の変形中の役割について明確化することを目指した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
供試鋼は真空溶解後、熱間圧延と冷間圧延により板厚を2 mmとした0.15C-5Mn-0.5Si鋼(in mass%)である。冷間圧延後の試料に対して、フェライト(α)+γ二相域温度である650℃および680℃で30 min間焼鈍処理を施した後に空冷した。以下、650℃材と680℃材と呼称する。FSWは2021年度で得られた知見を基に、回転数を200 rpmおよび250 rpm、接合速度を200 mm/minとした条件で実施した。電子線後方散乱回折(EBSD)法により試料縦断面を板厚方向に沿って観察した結果、接合部の表面側ではαとα’から成る組織であること、裏面側では20%程度の残留γの形成していることが確認され、板厚方向に沿って不均一な微視組織を呈することが明らかとなった。日本原子力研究開発機構の大強度陽子加速器施設(J-PARC)内に設置された工学材料回折装置BL-19匠を用いて、650℃材のFSW接合部から採取した試験片に対して引張変形中その場中性子回折試験を実施した。650℃材の母材では、上降伏強度は720 MPa程度、引張強度は780 MPa程度、全伸びは36%程度であった。初期γ量は18%程度であり、リューダース変形と加工硬化中に動的ひずみ時効に起因すると推察されるセレーションを伴う変形挙動を示した。FSWを施すと接合条件によらず、引張強度は1600 MPa程度まで増大し、変形初期では非常に高い加工硬化率を示したが、全伸びは8%程度まで低下した。回転数の低い条件の方が、強度が低く伸びが高い傾向を示した。その場中性子回折法から得られたピークプロファイルより、FSWを施した試料におけるγは2%ひずみ程度までその存在が確認できた。FSW接合部に残存したγは安定性が低く、変形初期にα’へと変態することで加工硬化率の増大に寄与している可能性が考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度で得られた引張変形中その場中性子回折法の測定データに対して、Rietveld解析ソフトウェアを用いたシングルピークフィッティング法およびRietveld refinement法による解析を実施し、hkl結晶粒群の格子ひずみ、半値全幅や積分強度に加えてγ量の変化を調査する。そして、各構成相の変形挙動や強度への寄与を検討し、変形中の各構成相の役割を明確化することを試みる。接合部の微視組織は、構成相に関する評価に留まっていたため、各接合条件の試料に対して板厚方向に沿ってEBSD法を適用し、残存したγや周りの母相の結晶学的な特徴を明らかとする。得られた結果を基に板厚方向に沿った不均一な微視組織の形成機構を考察する。加えて、2022年度までは接合部の引張特性に着目してきたが、2023年度では継手引張特性についても検討する。その際に、デジタル画像相関法による試験片表面のひずみおよびひずみ速度分布を計測することで、継手の引張変形中における変形領域とその変形量の可視化する。母材の微視組織とγの相安定性の違いが継手引張特性に及ぼす影響を評価する。上述の実験を通して得られる結果を総合することで、加工誘起変態に対する理解を深める知見を導くとともに、変態誘起塑性を積極的に活用した優れた機械的特性を有する接合部を実現するための接合条件の指針やその接合条件のFSWを前提とした合金設計に対する方針を提案する。また、接合部だけでなく、継手特性を最適化できる接合条件についてもその指針を提示する。
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