研究実績の概要 |
本研究は熱輸送と共有結合、分子間相互作用、分子ダイナミクスといった分子性物質に本質的な特性との相関を理解することを目的とした。本研究で着目したのは有機物質で代表的な相互作用であるπ-π相互作用であり、平面π共役分子がπ-π相互作用により1次元的に積層したπ-スタッキング構造を有する物質について熱輸送特性を検討した。このような積層構造は、電荷や励起エネルギーの輸送経路を提供することは良く知られているが、熱輸送への寄与についてはほとんど明らかになっていない状況である。今回対象としたのは、高秩序なπ-スタックカラムナー構造を有するトリフェニレンヘキサカルボン酸メチルエステル(TP)の単結晶であり、熱伝導度の異方性を調べることでπ-スタックと熱輸送の相関を検討した。本研究ではTP単結晶の熱伝導度(κ)の異方性を調べるために、温度波熱分析法(TWA)により熱拡散率(α)、PPMSを用いた緩和法およびDSCにより比熱(C)、単結晶X線回折により密度(ρ)を評価し、κ=αCρの関係式から熱伝導度を導いた。TWA法はμmオーダーのTP単結晶に対して熱拡散率を測定でき、測定する向きを変えることでその異方性を測定することができる。α, C, ρの温度依存性から熱伝導度の温度依存性を求めたところ、π-スタック方向(π//方向)には一般的に結晶で見られる熱伝導度が、π-スタックに垂直な方向(π⊥方向)には非晶性物質の熱伝導度の温度依存性が観測された。αの温度依存性や平均自由行程の議論からπ//方向には一般的な音響フォノンが熱を運んでいることが示唆されたが、π⊥方向にはフォノンの描像が成り立たないことが明らかになった。熱伝導には有機物特有の分子内振動に蓄えられた熱エネルギーの伝搬も寄与するが、π//方向では音響フォノンへとそのエネルギーが受け渡され、音響フォノンがその伝導を担っていると考えられる。
|