本課題では,2分子反応理論の1つである再帰確率理論と分子動力学(MD)法に立脚して,ホスト-ゲスト分子会合過程に対する速度定数を分子レベルで計算・解析する理論的手法を開発した.再帰確率理論は,会合,中間,解離状態の3状態モデルに基づいており,中間状態-解離状態間の平衡定数K*,中間状態から結合状態へ状態変化するときの速度定数k_ins,および初期時刻0で中間状態に存在していたゲスト分子が時刻tで再度中間状態に見出される確率(再帰確率)P(t)を用いて,会合過程全体の速度定数k_onが数式的に表現される.再帰確率理論に関する方法論の開発と応用研究は下記のとおりである. (1) 水中におけるβ-シクロデキストリンと小分子(アスピリン,1-ブタノール)の包接過程に再帰確率理論を応用した.得られた速度定数は実験値をよく再現していた.さらに,アスピリンの方が1-ブタノールよりも包接の速度定数が大きい理由が,シクロデキストリンとアスピリンが形成する中間状態が1-ブタノールのものよりも熱力学的に安定であるためであることが示せた. (2) 再帰確率P(t)を,効率的に計算する手法を一般化拡散方程式に基づいて提案した.本手法では,短時間スケールのMD計算で得られたP(t)から長時間スケールのP(t)の計算が実現できており,より複雑な系への応用展開が可能となった. (3) 再帰確率理論と項目(2)で提案した方法を用いて,単純水溶液と高分子混雑溶液におけるタンパク質(FKBP)と基質(BUT)の結合過程を解析した.単純水溶液系で得られた速度定数は先行研究で報告されている長時間MDの計算と良い一致が得られた.混雑溶液では,単純水溶液に比べて10倍以上速度定数が低下し,それが中間状態周りの状態間遷移確率の低下に起因することが分かった.
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