研究課題/領域番号 |
21K14591
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
浦谷 浩輝 早稲田大学, 理工学術院, 助教 (50897296)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 励起状態 / 半導体 / ダイナミクス / 量子化学 / 計算化学 |
研究実績の概要 |
本年度は、前年度開発したpatchwork-approximation (PA) based Ehrenfest法を実在系に応用し、手法の概念実証を行うとともに、対象とした現象の微視的メカニズムに関する考察を行った。 具体的な対象として、有機太陽電池における電荷移動メカニズムをPA-based Ehrenfest法により調べた。典型的なドナーpoly(3-hexylthiophene-2,5-diyl)(P3HT)及びアクセプター[6,6]-phenyl-C61-butyric acid methyl ester(PCBM)の界面のナノスケール構造モデルを作成し、PA-based Ehrenfest法により光励起状態ダイナミクスを追跡した。これにより、電荷移動に構造(核)のダイナミクスが重要な役割を果たすこと、構造ダイナミクスを単なる熱揺らぎとみなすのではなく電子状態依存性の顕な取り込みが重要であること、電荷の移動経路が界面の構造乱れに強く依存することなどを明らかにした。 また、有機電荷移動錯体結晶tetrathiafuluvalene-p-chloranil(TTF-CA)における光誘起相転移現象にも本手法を適用した。TTF-CAは、構成分子が電気的にほぼ中性である中性相と、TTFからCAへの電子移動を伴うイオン相の2つの状態を持つ物質であり、光照射によりこれらが相互に転移することが知られる。本研究では、TTF-CA結晶を再現した切り出しモデルに対するPA-based Ehrenfestシミュレーションにより、光照射後の分子電荷及び構造の時間変化を追跡した。結果に基づき、TTF-CAの光誘起相転移における振電相互作用の役割や、赤外励起による中性→イオン相転移の実現可能性等を調べた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画では、本年度は典型的な半導体材料(SiやCdTe及びこれらで構成される量子ドット等を想定)にPA-based Ehrenfest法を適用し、計算手法及び結果解析手法の概念実証を行う予定であった。実際に計算対象とした有機太陽電池(P3HT/PCBM)は、当初の計画で想定した対象系とは異なるものではあるが、吸収波長や電荷移動の時間スケールなどを実験値と比較することにより、本計算手法の有効性と限界が確かめられた。また、結果解析にあたっては、構造ダイナミクスの電子状態依存性を含めた場合と無視した場合を比較する、分子軌道とその構成要素の重みに着目するなど、本計算手法ならではの解析アプローチにより計算結果を物理化学的に意味づけられることを示した。したがって、手法の概念実証という目的はおおむね達せられたといえる。これに加え、当初は予定していなかった、TTF-CAにおける光誘起相転移に関する応用も展開することができた。 以上より、当初の計画はほぼ達せられ、計画には含まれていなかった成果も得られたことから、本研究は当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究で開発したPA-based Ehrenfest法は、原理的には幅広い系に応用することができる。 今後は、P3HT/PCBMのような典型的な系だけでなく、より新奇性の高い系にも適用範囲を広げ、物質設計への貢献を目指す。具体的な対象系としては、非フラーレン型アクセプターに基づく有機太陽電池等を想定している。 また、PA-based Ehrenfest法では、核は平均場ポテンシャルのもと運動する古典的な粒子とみなされる。このため、核波束の分岐や、電子状態のデコヒーレンスなどを正しく記述できない欠点がある。こうした要素が重要となる系・現象にも適用範囲を広げるべく、核の波動関数をガウス波束で展開してそのダイナミクスを扱う各種手法(variational multiconfigurational Gaussian法、ab initio multiple spawning法など)のアイデアを取り入れることで、核の量子性を考慮した手法へと拡張する。
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次年度使用額が生じた理由 |
計算用ワークステーションを購入する予定であったが、これまで利用してきたシステムと環境を合わせることが難しく、プログラムの調整等の必要性が見込まれた。購入によって追加できる計算資源量と比較すると費用対効果が悪いと判断し、見送った。 今後は、十分な計算資源を確保するため、九州大学情報基盤研究開発センターのスーパーコンピュータを利用する計画である。利用にあたって負担金の支払が必要であることから、次年度使用額分は主としてこれに充てる予定である。
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