研究課題/領域番号 |
21K14593
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
木村 謙介 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 基礎科学特別研究員 (70856773)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | THz電場駆動-光STM / 単一分子科学 / 帯電状態ダイナミクス |
研究実績の概要 |
有機分子に電荷が1つ注入されると、分子構造に歪みや振動が生じ、やがて安定状態へと緩和する。この帯電により誘起される分子構造の歪みや振動が分子に関与する様々な物性に重要な役割を果たす。このような有機分子の多様な性質を司る“帯電状態のダイナミクス”を高い実時間・実空間分解能で調べ、制御する事は未到達な研究領域である。 本研究では、単一分子を可視化できる走査トンネル顕微鏡(STM)と超短パルスレーザーを用いた光学系を組み合わせることで、サブピコ秒の時間・サブナノメートルの空間分解能を有する顕微分光手法を開発し、帯電状態ダイナミクスを捉えることを目的としている。具体的には、テラヘルツ(THz)領域の光パルスと可視・近赤外領域の光パルスと組み合わせたポンプ・プローブ法により、有機分子の帯電状態ダイナミクスを単一分子レベルで観測し、更には制御することを目指す。STMと光検出を組み合わせた手法はナノメートルスケールの空間分解能で光学測定が可能であるものの、時間分解能は限られている。一方、超短パルスレーザーを用いた超高速分光法や時間分解光電子分光法では分子ダイナミクスを高い時間分解能で追うことが出来るが、光の集光限界から数百nm程度までの空間分解能しかなく、STMのような像を得ることはできない。本研究提案で開発する手法は、双方の良さを取り入れた手法、つまりサブナノメートルの空間分解能とサブピコ秒の時間分解能を兼ね備えた分光法と言え、この新奇な分光手法により従来の手法では測定することができなかった分子の帯電状態ダイナミクスの測定を高い時間・空間分解能で達成する。 このような新規分光手法を実現するために、今年度はTHzパルスにより単一分子へ自在に電荷を注入できるように装置開発を行うとともに、STM接合におけるポンプ・プローブ測定を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、有機分子に電荷が注入されることによって引き起こされる分子構造の変化を新規に開発するSTMと超短パルスレーザーを用いた分光手法によって調べることにある。具体的には、THzパルスにより分子の帯電状態をコントロールし、引き続きやってくる可視・近赤外光によって分子の状態を調べるポンプ・プローブ法を開発する。これを実現するために、今年度は①THzパルスにより単一分子への電荷注入の実現、②STM接合におけるポンプ・プローブ測定を中心に実験を行った。 項目①では、高繰り返しレーザーによるTHz発生を行なった。代表者らが行ったACS photonicsの論文では100 kHzの繰り返し周波数のファイバーレーザーを用いてTHz発生を行っていたが、単一分子からの微小なシグナルを測定するためには高い繰り返し周波数のレーザーを使って信号を稼ぐ必要がある。新たにTHz発生系を構築し、繰り返し周波数が40倍の4 MHzで発生したTHzパルスにより、単一分子への電荷注入を行った。0.3 electron/pulseの条件で単一分子への電荷注入を行えるようになり、これは2016年に報告されたCockerらのNatureと同程度の電荷注入条件であり、世界で2例目の単一分子THz-STM測定が可能になったと言え、高く評価できると考える。 項目②では、THz光と近赤外光を入れてポンプ・プローブ法を行いTHz近接場の電場波形を調べた。この手法はYoshidaらによって2019年に報告されており、THz-STMにおいてSTM探針直下のTHz電場を評価するスタンダードな手法である。代表者らの装置でもSTM内でポンプ・プローブ法が行えるようになったのは重要な進展である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、有機分子に電荷が注入されることによって引き起こされる分子構造の変化を新規に開発するSTMと超短パルスレーザーを用いた分光手法によって調べることにある。具体的には、THzパルスにより分子の帯電状態をコントロールし、引き続きやってくる可視・近赤外光によって分子の状態を調べるポンプ・プローブ法を開発する。 昨年度の研究により、4 MHzで発生したTHzパルスにより、0.3 electron/pulseの条件で単一分子への電荷注入を行えるようになった(研究項目①)。一方で、帯電状態のダイナミクスを調べるためには1 electron/pulseの条件に近いことが重要であると考えられる。これを実現するために、THz光学系の見直し、また分子や基板、探針などSTM接合の条件を最適化していき、1 electron/pulseで安定的に分子へアクセスできるようにする。 昨年度の研究項目②では、THz光と近赤外光を入れてポンプ・プローブ法を行いTHz近接場の電場波形を調べることに成功した。一方で、高強度の近赤外光を入れないとシグナルを得ることができず、そのままの条件では分子系に適用できない。この原因は発生させたTHz光をSTMへ運搬するために組んでいる光学系により、同時に飛ばしている近赤外光のコリメートが大きく崩れており、結果的にSTM内に備え付けられたレンズによって近赤外光がうまく集光できていないことが理由であると結論付けた。今年度は光学系を再構築し、単一分子系でポンプ・プローブ法が行えるようにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
ほとんど計画通りに使用したが数万円程度の誤差が出て、無理に使い切る必要もなかったため繰越をした。次年度に、消耗品(光学備品)の購入に充てる予定である。
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