有機分子に電荷が1つ注入され帯電現象によって誘起される分子構造の歪みや振動が、分子が示す様々な物性に重要な役割を果たす。このような有機分子の多様な性質を司る“帯電状態のダイナミクス”を高い実時間・実空間分解能で調べ、制御する事は未到達な研究領域である。本研究では、単一分子を可視化できる走査トンネル顕微鏡(STM)とテラヘルツ(THz)領域の超短パルス光源を用いた光学系を組み合わせることで、サブピコ秒の時間・サブナノメートルの空間分解能を有する顕微分光手法を開発し、帯電状態ダイナミクスを捉えることを目的とする。 本研究課題の推進により、世界で初めてTHz光電場による分子への電荷注入により単一分子の励起状態を形成し、発光を検出することに成功した。加えて、THz光パルスのキャリアエンベロープ位相(CEP)を制御することで分子への電荷の注入を変化させることで、励起状態形成を制御することにも成功した。 また、THz光を2つに分割しポンプ・プローブ光測定の要領で遅延時間を付与して分子に照射する実験を行った。1パルス目のTHz光により分子の帯電状態が形成されることで分子振動が生じ、2パルス目のTHz光による励起子形成が変調することを見出した。この結果はサブピコ秒の時間分解能で帯電状態のダイナミクスを計測していると言える結果であり、論文投稿を行っている。 更に、ホウ酸バリウム結晶を用いてレーザーからの1035 nmの光を517 nmに波長変化し、THzパルスとの遅延時間を制御してSTMへ入れることも行い、THz光パルスと可視・近赤外領域の光パルスと組み合わせたポンプ・プローブ測定によりTHz近接場の評価を行う事にも成功した。この測定自体を分子に適用するところまでは研究機関内に到達しなかったが、引き続き実験に取り組み単一分子系への適用を目指していく。
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