近赤外発光を示す化合物は、生物学や光電子工学の分野において有用性が注目されている。特に、近赤外光は生体透過性が高く、生体組織への光毒性が低いため、生体イメージングや医療デバイスへ応用されている。このような背景から、様々な近赤外発光性化合物が報告されてきたが、未だ高い発光効率を示す例は限られている。 本研究では、高効率の近赤外発光を示す化合物群を創製するため、C-H結合からの励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)という新たなコンセプトを着想した。 ESIPTとは励起状態においてプロトンが分子内移動する現象であり、この構造変化に伴って発光波長が大きく長波長化する。これにより、発光の自己吸収が抑えられ、発光効率が向上する。また、C-H結合からESIPTを起こすことで、π共役系が拡張された強発光性の励起状態を形成する。 ESIPTは励起状態での分子内酸塩基反応といえるため、その起こりやすさはプロトン供与性部位の励起状態における酸性度と、プロトン受容性部位の塩基性度に依存する。今回C-H結合からのESIPTを実現するプロトン供与性部位として、大きな酸性度をもつインドリノン骨格を選択した。またプロトン受容性部位として、種々の窒素含有ヘテロ芳香環を導入した。昨年度までに、ベンゾオキサゾールを導入した誘導体が結晶状態において二重発光特性を示すことを見出していたが、本年度はベンゾチアゾールの導入がより明確な結晶化誘起二重発光特性をもたらすことを発見した。しかし構造解析の結果、二重発光特性が結晶中におけるJ会合構造の形成に由来し、C-H結合からのESIPTによるものではないことが示唆された。そこで、さらに大きな酸性度をもつ構造として硫黄化したインドリノンを採用したところ、溶液状態においても二重発光特性が観測され、C-H結合からのESIPTに由来すると期待されている。
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