研究課題/領域番号 |
21K14643
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
砂賀 彩光 京都大学, 複合原子力科学研究所, 助教 (60885416)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 相対論的量子化学 / 錯体化学 / スピン軌道相互作用 / 配位子場分裂 / ヤーン・テラー効果 / 超重元素 / 分子軌道ダイアグラム / X2C法 |
研究実績の概要 |
金属錯体の配位子場分裂は現象論としてよく知られているが、重金属錯体を理論的に扱う場合は、相対論効果を考慮して計算を行う必要がある。相対論効果のうち、スカラー相対論効果は、縮退したd軌道の分裂形式(例えば、正八面体型錯体であれば2:3)に影響を与えないが、スピン-軌道相互作用効果(SO効果)によるd軌道の分裂を考慮した場合は、分裂形式が変化する可能性がある。また対称性がよく、縮退した分子軌道をもつ系の理論計算は、多配置性を考慮した電子相関法を用いた計算を行う必要がある。 本研究では、(1)SO効果と(2)多配置性の両方を考慮した相対論的配置間相互作用(CI)法を用いて対称性が高い重金属錯体を計算し、配位子場分裂におけるSO効果の影響を明らかにすることを目的とする。また、ヤーン・テラー歪み(静的ヤーン・テラー効果)におけるSO効果の影響も議論する。当研究の計算には、相対論計算専用のプログラムであるDIRACを用いる。相対論効果はeXact 2-Component(X2C)ハミルトニアンを用いることで考慮する。X2C法は、化学で必要な相対論効果を十分に考慮できる2成分相対論法である。2電子間のSO効果はatomic mean-field spin-orbit integral(AMFI)法を用いて考慮する。 計算対象としては、第六周期の遷移金属錯体に加え、第七周期元素(超重元素)を含んだ錯体と比較する。これにより周期表を縦断した重金属錯体の理解を可能とする。SO分裂を考慮した配位子場分裂の分子軌道ダイアグラムを作成し、将来的に錯体化学の教科書に記載されるような、重元素化学の理論的基盤を構築する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和4年度は、(1)相対論効果の見積もり、(2)テスト計算、(3)構造最適化を実施した。 1)RgF分子(Rg:[Rn]5f^14 6d^9 7s^2)を用いてX2C法の妥当性を検討した。Gaunt項の影響は0.0007(A), X2C法と4成分法の差は0.001(A)程度であることがわかった。これらの値は電子相関の取り込みに起因する誤差より十分小さいため、超重元素についてもX2Cを用いることの妥当性が示された。 2)テスト計算で直した問題点と、それを解決した方法について以下に述べる。(A) SO分裂した軌道に等しく電子が分布した参照状態を計算する予定であった。しかし、そのような参照状態を計算しようとすると(SO分裂により不安定化する軌道に電子が占有するようにすると)、計算が収束しないことがわかった。そのため、SO分裂した下の軌道にのみ電子を占有させて参照状態の計算を行う方針に変更した。(B)予定していた大きさの活性空間を用いた計算を行おうとすると、現実的な時間で構造最適化計算が終了しないことがわかった。そのため、励起させる電子数や活性空間を調整し、現実的な時間で構造最適化を行うことができるようにした。 3)第6周期元素及び第7周期元素を含んだ6フッ化物について、D4h対称性を仮定して構造最適化計算を実施中である。
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今後の研究の推進方策 |
次年度以降は、まず第6周期元素及び第7周期元素を含んだ6フッ化物の構造最適化を完了させる。この計算はSO効果を考慮した計算を行っているが、SO効果を考慮しない計算(スピンフリー相対論法)も行うことで、静的ヤーン・テラー効果におけるSO効果の影響を明らかにする。先行研究における6フッ化錯体の構造計算は、SO効果を考慮したDFTや擬ポテンシャルを用いたCCSD(T)法で行われているが、これらの手法では多配置性を考慮できておらず、定性的にも妥当な計算ができていない可能性がある。当研究で相対論効果と多配置性を考慮した手法を用いることで、錯体化学の基盤となるデータを創出する。 また計算で得られた平衡構造で、SO効果あり/なしの相対論で電子励起エネルギーを計算する。当研究により擬縮退状態をもつ重金属錯体に関する重要な知見を得ることができる。また、局在化軌道を用いて中心金属と配位子(フッ素)間の化学結合の解析を行うことで、SO分裂した5d,6d軌道の配位子場分裂への寄与を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響が収束せず、出張予定がキャンセルされたため。次年度は、使用額の分だけスパコンの使用料を増額する。
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