研究課題/領域番号 |
21K14697
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
相賀 則宏 兵庫県立大学, 理学研究科, 助教 (50847085)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 走査型トンネル顕微鏡 / 探針増強ラマン散乱 / TIPS-ペンタセン |
研究実績の概要 |
有機半導体素子の特性を微視的に理解するためには、近接分子間での分子軌道の重なりや励起エネルギー移動過程など、分子の電子状態に関する情報を明らかにすることが重要である。分子の電子状態は、隣接分子間の距離や配向など分子レベルでの微視的な局所環境に敏感に依存すると期待される。そこで、個々の分子の置かれた周囲の局所的な環境と分子の電子状態の関係を、原子レベルの高い空間分解能で明らかにする必要がある。本研究では、超高真空走査型トンネル顕微鏡(STM)のトンネル接合部位にフェムト秒パルス光を照射し、探針-基板間のナノ領域に生じる局在表面プラズモンによる電場増強を利用することによって単一分子分光を試みる。 令和3年度は、有機半導体素子への応用が期待される6,13-bis(triisopropylsilylethynyl)pentacene(TIPS-ペンタセン)分子の探針増強ラマン散乱(TERS)分光を行った。 最初に銀(111)基板の表面を清浄化し、TIPS-ペンタセン分子を単分子層蒸着した。液体窒素温度で分子が規則的に配列した状態をSTMトポ像で観察した。 この状態でSTM銀探針にTIPS-ペンタセン分子を吸着させた後、探針先端部に連続光レーザーを照射することにより、探針に吸着した分子のTERSスペクトルの観測を行った。まずTERS観測の光学系を構築し、探針-試料間のトンネル接合部位に精密に光を照射する方法、およびTERS信号を検出するための光路調整法を確立した。次に銀探針を銀(111)基板に接近させたときのみ、TIPS-ペンタセンに由来するとみられるTERS信号を観測した。興味深いことに、TIPS-ペンタセン分子のラマン活性な振動モードに加え、本来ラマン不活性・赤外活性なモードも観測されることがわかった。 以上の結果は、日本物理学会第77回年次大会において報告し、学術誌にも投稿した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、最初に銀(111)基板の表面を清浄化し、その上にTIPS-ペンタセンの単分子層を蒸着するための試料作製条件を見出した。この方法に従って形成した分子層のSTMトポ像を液体窒素温度で観測することにより、銀(111)基板上での分子の吸着構造を調べることができた。分子は規則的に配列した島を形成すること、および複数種類の吸着配向をとりうることを確認した。得られたトポ像を注意深く観察することにより、TIPS-ペンタセン分子は側鎖を銀(111)基板に接触させるように吸着することがわかった。 この状態でSTM銀探針にTIPS-ペンタセン分子を吸着させた後、探針先端部に連続光レーザーを照射することにより、探針に吸着した分子のTERSスペクトルの観測を行った。まずTERS観測の光学系を構築し、探針-試料間のトンネル接合部位に精密に光を照射する方法、およびTERS信号を検出するための光路調整法を確立することができた。次に銀探針を銀(111)基板に接近させ、銀探針に吸着したTIPS-ペンタセンの単一分子に由来するとみられるTERS信号を観測することに成功した。観測されたラマン信号は時間経過に伴って明滅を繰り返しており、この結果から銀探針の表面上で分子が拡散している様子をとらえることができた。さらに興味深いことに、TIPS-ペンタセン分子のラマン活性な振動モードに加えて、本来ラマン不活性・赤外活性な振動モードも観測されうることを見出した。さらに複数の振動モードのピーク周波数が時間経過とともに変動していることもわかった。これらのスペクトル形状の特徴およびその時間変化を、銀探針と分子の電子状態の相互作用の観点から考察した。 以上の成果は、日本物理学会第77回年次大会において報告し、学術誌にも投稿した。以上を踏まえて、本研究課題はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、有機半導体としての応用も期待される様々な有機分子(ポルフィリン、ペンタセン、ルブレン等)を銀(111)基板に蒸着した系を対象として選び、本研究課題の目的である単一分子に対する各種の分光測定を試みる。 STMを用いて蒸着分子のトポ像を観察するとともに、これらの蒸着分子の上にSTM探針を接近させて探針直下の分子の分光計測を行う。特に分子周辺の局所環境(基板のテラス・ステップ、隣接分子との距離や凝集効果など)が分子の電子状態や振動状態に対して与える効果について明らかにする。 電子状態の観測には、光照射またはトンネル電流注入に誘起される発光分光を用いる。分子発光を観測する際には、分子の電子励起エネルギーが銀基板へ散逸するのを防ぐために、分子と基板の間にバッファー層としてNaCl層を挟む方針を考えている。そのためのNaCl層の蒸着方法も確立する。さらに、紫外可視吸収分光に相当する情報が得られると期待される非線形分光である電子和周波発生分光を試みる。振動状態の観測には連続光レーザーを用いた探針増強ラマン散乱、および3次の非線形分光であるコヒーレントアンチストークスラマン散乱分光を試みる。実験で得られたスペクトルに併せて量子化学計算の結果も参照することで、吸着分子の構造や電子状態を考察する。 連続光を用いた線形分光の光源としてはヘリウムネオンレーザーまたはダイオードレーザーを用いる。非線形分光の際には、フェムト秒パルスレーザー光を光ファイバーを用いてSTMチャンバーまで導く。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和4年3月、新型コロナウイルスの影響により、参加を予定していた日本物理学会年次大会の現地開催が中止となった(オンライン形式に変更となった)ため、当該学会に出席するための旅費として使用を予定していた8,220円が残高として生じた。研究遂行上、学会参加による成果発表および情報収集が不可欠なため、次回(令和5年3月)開催される同学会参加のための旅費として使用する予定である。
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