研究課題
本研究は光照射によりヌクレオソーム上のDNAに二本鎖切断を誘導し、その挙動を確認するものである。二本鎖切断は致命的なDNA損傷の一つであり細胞内でこれが起こった場合、直ちにDNA複製が停止し修復系が働くことが知られている。しかし二本鎖切断部位周辺にヒストンバリアントであるH2A.Xがリン酸化されたγH2A.Xがマーカーとして集積することはわかっているものの、詳しい集積メカニズムは不明である。これはDNA修復の研究が主に細胞を用いたin vivo実験で行われてきたことが原因であり、詳細なメカニズムを調べるにはin vitro実験系の構築が求められている。そこで光照射で切断を誘導できる化学修飾DNAを用意し、これを用いてヌクレオソームを再構成することで任意のタイミングで二本鎖切断を起こす実験系の確立を目指した。光照射で切断できるDNAは2’位にセレノ基とニトロベンジル基修飾を施すことで達成した。光照射によりニトロベンジル基が外れ、活性化されたセレノ基によってDNA鎖切断が誘導される。実際の切断実験から短時間の光照射で定量的に切断反応が進行することが分かった。また元々はDNAの接着末端を形成する技術であったことから、本化学修飾を用いたプラスミド構築実験を行った。こちらに関しても光照射による鎖切断により接着末端が形成され効率的なDNA連結反応が確認できた。また来年度のH2A.X置換実験を行うため、4つのヒストンモノマーに加えてH2A.Xのリコンビナントヒストンの調製および細胞核抽出液の調製を行った。
2: おおむね順調に進展している
今年度は主に光切断修飾の切断活性を行った。本研究で用いる光切断は2’位にセレノ基とニトロベンジル基修飾をもっており、光照射によってニトロベンジル基が外れることでセレノ基が活性化され鎖切断を起こす。蛍光標識したDNAオリゴを用いた実験から10分の光照射で96%が切断されることが確認でき、切断反応が定量的に起こることが分かった。本化学修飾は元々接着末端を形成する技術として開発しており、プライマーの特定の位置に配置することで任意の配列、任意の長さの接着末端を生じるPCR産物を作ることができる。よって本技術を使ったプラスミド構築実験によりその有用性を検討した。本化学修飾を有するプライマーを用いてLacZをコードしたインサートとベクターをPCR増幅し、光照射によって15 ntの接着末端を作ったのちにライゲーション反応を行った。青白判定を行った結果、72%のコロニーが青色を呈色し高い正確性でDNA断片の連結が起こったことが示唆された。またH2AのバリアントであるH2A.Xのリコンビナントタンパク質の作成も行った。加えて来年度以降の実験ではヌクレオソームの移動やヒストンモノマーの置換を行うクロマチンリモデラーが必要になる可能性が高い。いくつかのリモデラーは購入可能であるが、未知のリモデラーがH2A.Xの挿入に関与している可能性もあるため、細胞の核抽出液を利用できることが望ましい。そこで超遠心を用いた細胞核の精製とそこからのタンパク質抽出を行う態勢を整えた。
今年度の研究から2’-Seニトロベンジル保護基を持つDNA鎖が光照射によって効率的に切断されることが分かった。よって来年度においては実際にこの化学修飾を含んだDNA鎖を用意する。配列としてはヒストン八量体と効率よく結合しヌクレオソームを形成しやすい人工配列である601配列を想定している。この際、両側の鎖の対になる部分に本化学修飾を配置し、光照射によって二本鎖切断が生じるかどうかをまず確認する。その後実際にヌクレオソームを形成し、これに対して光照射を行うことで二本鎖切断を誘導しヌクレオソーム構造に与える影響を評価する。その後、二本鎖切断後のH2A.Xのリクルートについて評価する。H2A.XはH2Aと比べてC末が20アミノ酸ほど長く、DNAとの結合性が比較的高いと思われる。よってまずはH2A.Xを用いてヌクレオソームを再構成し二本鎖切断による構造変化への影響を評価する。続いて二本鎖切断後のH2A.Xの挿入を確認するためH2A.X存在下、ヌクレオソームに光照射し二本鎖切断を誘導する。H2A.Xは単体で溶液中に加えると凝集するためヒストンシャペロンであるNAP1とH2A.X-H2Bヘテロダイマーの複合体として加える。H2A.Xの挿入確認はNative-PAGEによるヌクレオソームの分離精製後、SDS-PAGEによってヒストンモノマーを確認することで行う。クロマチンリモデラーが必要な場合、NAP1-H2A.X-H2B複合体の挿入が能動的に進行しない可能性が高い。よって今年度において態勢を整えた核抽出液の調製技術を用いて培養細胞からクロマチンリモデラーをふくむ抽出液を用意し、添加することも検討している。以上の実験により二本鎖切断後のH2A.X挿入において必要な因子の特定を試みる。
クロマチンリモデラータンパク質の購入を見越して物品費を計上していたが、特定のリモデラータンパク質を購入するよりも培養細胞から核抽出液を作成する方が幅広い候補タンパク質の検索を行えると考え購入を見送った。またコロナパンデミックが落ち着きオンサイトでの学会報告が増えると見越して旅費を計上したが、これもすべてオンライン開催となったため次年度使用額が生じた。物品費については細胞培養用品の購入に充てることでリモデラータンパク質内製態勢を整えるのに使用する予定である。また旅費に関しては学会発表の機会を増やし幅広く研究を周知するのに利用する予定である。
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