本研究では、飢餓環境中で休眠状態にあるクローナルな細菌集団を用いて、細菌の休眠覚醒プロセスにおける確率性と代謝基質の依存性を明らかにすることを目的としている。前年度までに行った、大腸菌を用いた研究により、数日間の飢餓環境からの再増殖の可否を決める因子として、飢餓環境中での細胞の増殖ヒストリーが強く関係していること、特に飢餓環境に入った直後の増殖応答が重要である可能性が示唆されていた。本年度はこうした関係性が、細菌が経験する飢餓時間に依存して変化するかを調べるため、異なる飢餓時間に細菌集団を曝し、その際の増殖ダイナミクスと再増殖の可否の間にある関係性を、1細胞観察系を用いて解析した。その結果、経験する飢餓時間の長さに依らず、飢餓環境直後の増殖応答の特性によって、飢餓環境中の増殖ダイナミクスや再増殖までに要する時間が決まっている可能性が強く示唆された。また、飢餓環境が終了してから再増殖までに要する時間が非常に短い細胞集団が一定数生じることも確認され、これらの特異な細胞集団が全体に占める比率も飢餓時間に依らず一定であることが明らかになった。また、大腸菌の休眠覚醒プロセスにおける基質依存性については、ゲノムスケール代謝モデルを使った検証を引き続き行なってきた。前年度までに、炭素源の至適性を決める重要な代謝反応が特定の代謝物におけるフラックスと強い相関関係を示すことを明らかにしてきたが、本年度は至適性の高い炭素源が、細胞が取りうる代謝状態に依存して変化しうるか解析を進めてきた。その結果、炭素源の至適性は代謝状態の変化や多様性が生じたとしても非常に変わりにくいことが明らかとなり、ネットワーク構造に起因する至適炭素源の保存性を示唆する結果を得ることができた。
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