プロテインキナーゼ Iδ (CaMKIδ) は Ca2+シグナルの下流で機能する Ser/Thr キナーゼである。乳がん患者を対象とした発現プロファイリングから,CaMKIδ の遺伝子重複が basal-like 乳がんの発症と関連する可能性が示唆されている。またこの遺伝子重複は CaMKIδ の過剰発現を引き起こすと考えれられており,結果として乳腺上皮細胞の上皮間葉転換 (EMT) を誘導する可能性が示唆されている。CaMKIδ を標的とした悪性乳がんの予防・治療法開発のためにも CaMKIδ 経路の解明が必要である。 本研究ではまず,抗体を用いたウエスタンブロッティングにより,各種乳がん細胞における CaMKIδ の発現解析を実施した。その結果,CaMKIδ は basal-like 乳がん由来とされる MDA-MB-468 細胞において高発現していることが判明した。また興味深いことに,MDA-MB-468 細胞内 CaMKIδ は他の細胞で発現している CaMKIδ と比較して SDS-PAGE における移動度がわずかに小さかったことから,MDA-MB-468 細胞で発現する CaMKIδ はスプライスバリアントまたは高度なリン酸化といった翻訳後修飾を受けている可能性が示唆された。また乳がん細胞における CaMKI 経路解析の一環として,CaMKI を基質とする脱リン酸化酵素 CaMKP の阻害剤を MDA-MB-231 細胞に処理したところ,細胞内在性 CaMKP を阻害した結果,乳がん細胞の遊走が顕著に阻害されることが明らかになった。このことから,CaMKI が乳がん細胞の遊走に関与する可能性が強く示唆された。さらに,ピロガロール骨格を持つ CaMKP 阻害剤がカルボニル化を介して酵素を不可逆的に不活性化することを発見し,英文国際誌に論文を発表した。
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