研究課題/領域番号 |
21K14866
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研究機関 | 東京慈恵会医科大学 |
研究代表者 |
佐久間 知佐子 東京慈恵会医科大学, 医学部, 講師 (10747017)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ネッタイシマカ / 蚊 / 吸血 / 味覚受容 / 血清 / 苦味成分 / ゲノム編集 / 感染症 |
研究実績の概要 |
蚊の吸血行動は病原体媒介の根源であり、分子基盤の理解が求められる。他の多くの生命現象と同様に、吸血行動には正負両方向の制御があると考えられる。正方向の制御として、蚊の吸血促進物質のATPが知られているが、受容機構の実体は未解明である。また、吸血停止時に血液/ATP受容機構が負に制御される機構は未知である。本課題では、正負の制御機構の分子基盤解明を目指した。 今年度は、吸血を負に制御する機構の解明に焦点を当てた。以前の研究で、苦味物質であるカンファーが吸血を抑制することを見出していたため、ベルベリン・キニン・安息香酸デナトニウムなど、他の苦味物質群も吸血を抑制するかを検討した。これらの苦味物質は、血液およびATPのいずれに添加した際にも、吸血抑制効果を示した。ショウジョウバエではカンファーはTRPLによって受容されるが、ネッタイシマカで2系統作製したTRPL変異ネッタイシマカでは、カンファーの忌避が正常に行われることが観察されたため、ネッタイシマカでは、カンファーの受容はTRPL以外の分子で担われていることが予測される。 また、血液に苦味成分が混入することは稀であり、蚊の吸血を実際に負に制御し得る物質として、研究代表者は以前に、宿主血の血清成分を見出した。本年度は、吸血後の蚊における血清成分の濃度をLC-MS/MSで解析することにより、吸血直後に濃度が最も高く、24時間後には蚊の体内では検出されないことを明らかにした。以上より、血清成分は吸血後の長期的な吸血抑制ではなく、蚊が満腹となり吸血を停止する間の短期的な吸血抑制に寄与していることが示唆された。またこの成分の遊離を促進する薬剤を血液に添加して蚊に与えたところ、蚊の吸血が顕著に抑制されたため、この成分が吸血抑制効果を持つことを確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
蚊が吸血において苦味成分に遭遇することは稀であるが、苦味を認識する機構自体は蚊に残存していることを発見した。味覚的な忌避を引き起こす物質は、忌避剤として応用することができる可能性を秘めている。苦味を受容する機構は、ショウジョウバエとは異なることが判明し、今後解明していく必要がある。 血清成分に関して、人工的に合成した物質では吸血抑制効果が低く、吸血抑制物質の実体であるかを結論づけられていなかった。今回、その物質を誘導する薬剤を利用することにより、吸血抑制効果を確認できた。また、蚊の体内での吸血抑制成分の濃度を測定でき、経時的な変化を解明することができた。 吸血を正に制御する機構に関しては、今年度は多くのツールを作製する準備段階であった。ATP受容体候補として研究を進めてきた味覚受容体Gr5に関しては、Gr5発現神経を可視化、および人為的に活性化するためのツール作りを行った。遺伝子編集に苦戦して一部のツール作成に時間を要しているが、既に作出を終えているものもある。また、Gr5に加えて、ATP受容に寄与する可能性が示された糖味覚受容体群について、ネッタイシマカで変異体の作出を行い、6遺伝子の変異体を各々2系統以上得た。加えて、摂糖と吸血量を定量する系の樹立も行った。いずれも、今後の研究を進捗させるために重要な準備であり、着実に進められた。
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今後の研究の推進方策 |
苦味物質に関しては、苦味受容体を同定することを目指す。ショウジョウバエでは、苦味受容に関与する味覚受容体が報告されているため、その相同体の欠損変異体を作製し、苦味受容に与える影響を解析する。また、摂糖のみを行うショウジョウバエとは異なり、蚊は摂糖と吸血の両方を行うため、糖に苦味が添加された際と、ATPに苦味が添加された際で、異なる受容体が関与するか、同じ受容体が同様に機能するかについても検討する。また苦味物質が吸血を抑制する際に有効な濃度を明らかにすることにより、味覚的な忌避剤として応用できるかを検討する。 吸血を正に制御する機構に関しては、Gr5および他の糖味覚受容体の変異体の行動解析を行うことにより、どの受容体が吸血に必要であるか、さらに糖の受容とATP/血液の受容の相互関係を明らかにする。また内在の味覚受容体のストップコドンの直前にHAタグを挿入した系統を作製しているため、これらを用いて、味覚受容体の発現部位を明らかにすることを目指す。CRISPRによるノックイン系統の作出に成功した際には、Gr5発現神経の可視化および人為的活性化を行う。 また、宿主の血液中に、吸血を正に制御する物質と、負に制御する物質が同時に存在することに関して、両制御がどのように綱引きを行なっているかも検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験準備段階に想定外の時間を要し、予定していた実験の一部が実施するに至らず、使用額に差が生じた。 また、研究代表者が異動を予定しており、新規に蚊を飼育する部屋を構築する必要があるため、蚊の飼育用品および人工吸血実験用品などの購入のために必要予算を繰り越した。しかし、研究計画に変更はなく、前年度の研究費も含め、当初予定通りの計画を進めていく。
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