研究課題/領域番号 |
21K14886
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
鈴木 栞 北海道大学, 農学研究院, 助教 (20867155)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 繊維 / 生分解性プラスチック / バイオマス / 多糖類 / イオン液体 / アセチル化 / 結晶構造 / カードラン |
研究実績の概要 |
低炭素社会の実現と環境保全の観点から、再生可能資源(バイオマス)を原料とし、自然環境中で水と二酸化炭素にまで完全に分解される「生分解性バイオマスプラスチック」の開発と普及が望まれる。植物や微生物が作る多糖類は、化学修飾によって多様な物性を発現する有用な素材であるが、生分解性を両立するためには、「置換度の低い多糖誘導体」でなくてはならない。しかし、溶解性や熱溶融性に乏しい低置換度の多糖誘導体は、既存の技術では成形加工できないため、従来、部材化されてこなかった。 本研究の目的は、難溶性の多糖類を溶解し、また、エステル化などの化学修飾反応の触媒としても機能する「イオン液体」を活用し、低置換度の多糖誘導体の合成と成形加工を一挙に実現する「化学修飾・繊維化一貫プロセス」の構築、および多糖誘導体の構造と材料物性の相関解明である。 2021年度は、β-1,3-グルカン(カードラン)およびα-1,3-グルカンを対象に、イオン液体を溶媒として使用した「湿式紡糸法」を構築し、多糖類(グルカン)の結合様式や結晶構造と繊維としての力学物性や溶媒耐性との相関を解明した。2022年度は、これまでに培ったイオン液体を用いた湿式紡糸のノウハウと各種多糖類の繊維特性に関する知見を基に、イオン液体を溶媒かつ触媒として使用した「アセチル化」を行う。反応後の溶液を直接、湿式紡糸に供することで、「化学修飾・繊維化一貫プロセス」を構築する。原料多糖類の結合様式やアセチル化の置換度が異なる各種繊維の材料特性評価を行い、アセチル化多糖類の構造と繊維物性との相関解明に取り組む。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
イオン液体、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩(EmimOAc)を溶媒に、水またはエタノールを凝固浴に用いて、β-1,3-グルカン(カードラン)およびα-1,3-グルカンの湿式紡糸を試み、各種繊維の形態観察、結晶構造解析、力学物性評価を行った。 カードランは、凝固浴が水の場合、透明で均一な形状を有し、伸び性に富む繊維となった。一方、凝固浴がエタノールの場合、不均一に収縮した形状をとり、硬く脆い繊維となった。両繊維とも天然カードラン同様の三重らせん状の水和結晶構造を有したことから、凝固浴に対する基質の親和性に応じて繊維形態が変化し、力学物性に影響を及ぼしたと考えられる。 α-1,3-グルカンは、EmimOAcを溶媒とした場合、凝固浴の種類に関わらず、脆弱な繊維となった。そこで、LiCl/ジメチルアセトアミドを溶媒としたところ、凝固浴がエタノールの場合、透明で均一な形状を有する強靭な繊維を、凝固浴が水の場合、不透明かつ不均一で、多孔質な形状を有する脆弱な繊維を得た。水(凝固浴)に対する溶媒の拡散速度が遅く、繊維内部にメソポアを生じたことで、透明性が喪失し、力学強度が低下したと考えられる。 α-1,3-グルカンは、用いた溶媒に関わらず、凝固浴がエタノールの場合には無水結晶を、凝固浴が水の場合には水和結晶を形成することを解明した。また、無水結晶の繊維を水で置換すると水和結晶に転移すること、水和結晶の繊維を乾燥すると無水結晶に転移することを発見した。そこで、溶媒置換に伴う結晶転移を活用した新規二次延伸法を開発し、繊維強度を1.5倍に向上することに成功した。 2021年度は、結合様式の異なる2種類の多糖類の湿式紡糸に成功し、溶媒や凝固浴が繊維物性と構造に及ぼす影響を解明した。新規二次延伸法の開発にも至ったことから、当初の計画以上に進展したと言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の2022年度の目標は、生分解性と機能・性能を兼ね備えた生分解性バイオマスプラスチックとなる「置換度の低い多糖誘導体」の新規成形加工技術の開発である。難溶性多糖類の溶媒かつ化学修飾反応の触媒として機能する「イオン液体」を用いることで、低置換度の多糖誘導体を合成した後、反応溶液から直接、湿式紡糸を行う「化学修飾・繊維化一貫プロセス」を構築する。 2021年度は、イオン液体を溶媒として用いた多糖類の湿式紡糸による繊維化に成功し、多糖由来の繊維の構造と物性の相関を解明した。2022年度は、イオン液体を溶媒かつ触媒として使用し、各種多糖類を任意の置換度でアセチル化し、その反応溶液の湿式紡糸を試みる。アセチル化の置換度の制御手法を確立するとともに、多糖類の種類や置換度に応じて湿式紡糸条件を選定し、多糖類の化学修飾・繊維化一貫プロセスを構築する。さらに、置換度の異なるアセチル化多糖類の繊維について、結晶構造・分子鎖構造の解析、力学物性・熱物性・生分解性などの諸特性評価を行い、アセチル化多糖類に関する構造と繊維物性の相関を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年2月1日より、東京大学から北海道大学に所属を変更したため、予算使用計画に変更を生じた。繰越金は、移籍先での研究環境の整備に向けた各種実験器具・試薬類の購入に計上する予定である。
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