本研究では、TGF-βに着目してイヌ悪性黒色腫(MM)の病態解析を行った。初めに、3種類のイヌMM細胞株(CMM-1、KMeC、LMeC)におけるTGF-βとTGF-β受容体の発現解析を行ったところ、いずれの細胞株でも各分子の発現が確認され、TGF-βオートクリン機構の存在が示唆された。次に、イヌMM細胞株の増殖能、血管新生能、上皮観葉転換(EMT)、浸潤能および転移能に対するTGF-βの影響を検討した。その結果、増殖能と血管新生能はTGF-βにより促進、TGF-β阻害剤により抑制された。一方、予想に反してEMT、浸潤能および転移能はTGF-βにより抑制、TGF-β阻害剤により促進された。これらの結果から、TGF-βはイヌMMに対する悪性化促進作用と抑制作用を併せ持つユニークな分子である可能性が示された。そのため、TGF-βを直接標的とする治療法は逆に癌を進行させる危険性があるため、TGF-βの細胞内シグナル分子を標的とする治療法が理想であると考えられた。続いて、イヌMM細胞におけるTGF-βの下流シグナルを探索したところ、Smad経路、ERK経路、p38経路およびAKT経路の関与が示唆された。これらの中でERK経路およびAKT経路に着目し、イヌMM細胞に対するTGF-βの悪性化促進作用(増殖能および血管新生能の亢進)との関連を検討したところ、いずれの経路も増殖能への関与は認められなかったが、AKT経路は血管新生能への関与が示唆された。以上のように、イヌMMに対する新規治療法の開発に向けた重要な基礎的知見を得ることができた。
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