組織再生は、欠損した組織を回復させる医学・生物学における重要な現象の一つである。これまで行われてきた再生研究により様々な分子メカニズムが解明されてきたが、既存の研究は傷害部位における組織自律的な分子メカニズムの解析が中心であった。近年の研究により、組織再生を離れた組織が遠隔的に制御することが明らかになってきた。しかしながら、組織間を媒介する因子やその受容システムの包括的な理解には未だ至っていない。 自身のショウジョウバエ遺伝学と体液メタボローム解析を用いたこれまでの研究によって、幼虫の体液に存在するキヌレン酸(KynA)が組織修復に寄与することが明らかになった。さらにKynAの受容システムの探索から、神経細胞においてG protein-coupled receptor (GPCR)の一種であるタキキニン受容体ホモログTkR86Cが遠隔的組織修復に寄与していることが示唆された。しかしながら、なぜ神経におけるTkR86Cが離れた上皮組織の再生に必要であり、どのように修復に寄与するのか、そしてKynAによる再生制御はどのようになされるのかといった分子メカニズムは未だ不明である。 本研究では、メタボライトと神経を基軸とした遠隔的組織修復制御機構の解明を目指し、ショウジョウバエ幼虫を用いた組織再生の系と代謝遺伝学、細胞生化学による機能解析を行った。当初想定していたKynAとTkR86Cの結合は無いことが判明したが、神経におけるTkR86Cの抑制が遠隔的に脂肪体キヌレニン代謝変動を抑制し、体液KynAを介した組織修復に影響を与えることが明らかとなった。加えて、TkR86Cのリガンド発現神経も組織再生に必要であること、KynAの経口投与によってTkR86Cの神経におけるノックダウンによる再生阻害がレスキューされることが判明した。本研究により、神経による内分泌的体内環境制御を介した組織再生メカニズムの一端が解明された。
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