研究課題/領域番号 |
21K15107
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
池田 宏輝 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (70819911)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 空間的トランスクリプトーム解析 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、移動期の個々の始原生殖細胞とその周辺環境を構成する細胞の詳細な遺伝子発現解析により、生体内における適切な多能性や分化の制御機構、これに関わる微小環境との相互作用の分子基盤を解明することである。本研究を遂行するにあたり、単一細胞レベルでの組織内における配置情報とリンクした遺伝子発現解析が必要となるため、固定染色した組織切片からの高解像度、高効率のRNA シークエンスライブラリーの合成法の確立を進めた。まず、実験の再現性を評価しやすいものとするため、遺伝子発現が個々の細胞間で比較的均質である2i+LIF培地で培養したマウスES細胞を使用し、サンプルの包埋、固定、染色、細胞の可溶化等の条件の最適化を、mRNAの3’側についてcDNA合成を行うsc3-seq手法と定量的PCRを用いて行った。その結果、OCTやPVAへ包埋、凍結後、脱水固定、Cresyl violetにて染色したmES細胞をLaser Capture Microdissection (LCM)で採取し、これに対して、変性的な界面活性剤とトリトンによるクエンチングを行うことで生の細胞に近いcDNA合成効率が得られることを見出した。本知見は、脱水染色した固定サンプルであっても、その固定条件や染色法、細胞の可溶化条件等を最適化することによって、少なくともmRNAの3’末端側については単一細胞レベルでのトランスクリプトーム解析が可能であり、組織の染色像とリンクした個々の細胞の遺伝子発現プロファイルを解析することができ得ることを示している。また、適切なサンプル作製条件と細胞の可溶化条件を用いることで、RNAの分解を抑えられ、完全長のmRNAの網羅的な定量解析が可能であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの実験により、固定した染色組織切片からのLCMを用いて高精度に単一細胞遺伝子発現解析手法を確立した。まず、均一性の高い2i+ LIF条件下で培養したマウスES 細胞の凍結セルブロックとmRNAの3’末端を増幅して網羅的に遺伝子発現を解析できる手法sc3-seqによるcDNA合成方法を用いて、その合成効率や遺伝子発現の定量性、実験系の再現性をqPCRにより適切に評価する系を構築した。本評価系において、サンプルの包埋材、固定条件、界面活性剤による細胞の可溶化条件を最適化した。具体的にはOCT compound、細胞外マトリックス等による包埋条件を、エタノール、イソプロパノール、ホルマリンによる固定条件を、NP-40, Tween, Triton X-100, SDSなどの界面活性剤による脱水固定細胞の可溶化条件を最適化した。決定した上記の諸条件において、脱水固定切片(マウス ES細胞のセルブロック)から、個々の細胞の観察像を取得しつつ、LCMを用いて単一細胞を採取、cDNA増幅し、リアルタイムPCRと次世代シークエンサーでcDNAの合成効率や検出遺伝子数を定量し生の細胞と比較評価した。その結果、変性作用の大きい界面活性剤を使用して脱水固定細胞を可溶化した後に、過剰量のタンパクと非変性的な界面活性剤により先に添加した界面活性剤の作用を抑えることで、固定細胞からのRNAの可溶化を効率的に行いつつcDNAの増幅まで同一チューブ内で行える条件を同定した。また、本手法を用いることで、固定染色した単一細胞からでも、生の細胞に近い精度でmRNAの3’末端における遺伝子の網羅的な発現定量解析が可能であることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
既に確立した、固定染色切片からの単一細胞の遺伝子発現を解析できる手法が、実際の組織切片に対応可能かどうかの評価を行う。細胞が大きく、組織切片からの単一細胞の遺伝子発現解析が容易であろうと考えられる卵母細胞と、解析が難しいと考えられる卵母細胞を取り囲む顆粒層細胞を対象にして、組織内における細胞の配置情報とリンクした単一細胞レベルのトランスクリプトームの解析を試み、その解像度、精度の評価等を行う。 つづいて、解析対象を卵巣から胚発生過程の始原生殖細胞とその周辺細胞へ変更し、これまでに開発したLCMによる単一細胞の遺伝子発現解析手法を用いて、個々の始原生殖細胞がそれらの周辺の微小環境とどのような相互作用をしているのか解析する。まず、始原生殖細胞の移動が確認できるE8からE12.5までの胚を固定化、染色切片を作製し、個々の始原生殖細胞とその周辺細胞をLCMにより採取し、高精度な単一細胞遺伝子発現解析を行う。つづいて、解析データから始原生殖細胞のマーカー(Prdm14等)の発現を確認すると共に、既存の始原生殖細胞のトランスクリプトームデータと比較解析し、手技の安定性、精度評価を行う。また、個々の始原生殖細胞が生殖堤へ移動する過程で発現変動する遺伝子、恒常的に発現する遺伝子をその周辺細胞も含め同定する。加えて、移動期の始原生殖細胞と隣接する体細胞で発現変動する遺伝子の機能評価する。特に、生体外での始原生殖細胞の脱分化を促進し、腫瘍化抑制に必要なPTENや、始原生殖細胞の移動に関与するCXCR4やSDF-1に関わるシグナル因子群の遺伝子発現変動にも注目し、遺伝子の挙動解析を行う。同定した微小環境に依存して発現変動を示す遺伝子の機能を始原生殖細胞や卵子形成過程の体外再構成系(所属研究室で立ち上げ済み(後述))とゲノム編集技術を用いて解析評価する。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定だった物品が新型コロナの影響で品薄状態に陥り、納入時期が未定となったため購入を取りやめたことと、適切な代替品の選定ができなかったため。
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